『義経千本桜』「道行初音旅/吉野山」。安政3年(1856年)、三代目歌川豊国画。
吉野へ向かう、静と佐藤忠信(実は源九郎狐)の旅路を描いている。忠信の衣裳の文様は源氏車。

『義経千本桜』を彩る源氏車文様

 この夏の歌舞伎座公演『義経千本桜』では源氏車文様を様々な場面に見ることができました。この演目の中心的な役柄である佐藤忠信(実は源九郎狐)の衣裳、その場面ごとに趣向の違った源氏車文様を見てゆきましょう。

 「鳥居前」の忠信は、静御前を守るため追手の藤太の軍兵をけちらし、藤太を踏み殺す荒々しい気性の人物として登場します。ここでは荒事の演出がなされ、菱皮(ひしかわ)の鬘(かつら)に、火焔隈、馬簾(ばれん)付の四天(よてん)に仁王襷(におうだすき)という勇ましい扮装。衣裳は力の放射をあらわすかのような赤地に金の源氏車文様です。

 続いて「吉野山」での忠信の衣裳は、車輪だけの源氏車文様です。忠信は義経の命を受け、静御前に同道しています。その地位を示すかのように、紫地に金と銀の車輪を対比させた源氏車文様は、凛とした気高さを表しています。

 「川連法眼館」では、本物の忠信と狐が化けた忠信の衣裳を対比してみましょう。本物の忠信は生締(なまじめ)の鬘に織物の長裃姿、その白と紫の対比の上に唐草と源氏車が鮮やかに組み合わされた衣裳。
 一方、狐忠信は薄紫の衣裳に四季の花を散りばめた源氏車文様で現れます。ふたりの忠信が纏う衣裳の文様が、地位や気性、この場面で置かれた立場を物語っているかのようです。
 このように『義経千本桜』の忠信が登場する場面は、源氏車文様により全編が貫かれている、といっていいかもしれません。


馬簾(ばれん)付の四天(よてん)に仁王襷(におうだすき)を着けた『義経千本桜』「鳥居前」の狐忠信。安政3年(1856年)、三代目歌川豊国画。
2点とも早稲田大学演劇博物館所蔵。無断転載禁)
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歌舞伎文様考

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