輪廻転生と流転する人生

 源氏車文様は、草花や流水と組み合わせ、ひとつの風景として用いられることも多い文様です。例えば四季の花々を溢れさせた花籠を積む花車のような豪奢な文様は華道などで広く用いられました。

 また片輪車文様(流れ源氏車文様)と呼ばれる文様もあり、これは流水に車輪を半分浸し、水や波と組み合わせた文様です。 牛車の車輪は木でできていて、何日も使用しないでいると乾燥して割れたり、ひびが入ったりする恐れがあるため、車輪だけ外して、川の流れに浸し置かれました。片輪車文様はそうした当時の光景を文様化したものです。

 片輪車文様は、車の回転と水の流れを重ね合わせることで日本独特の無情感や自然感情も湧きあがらせます。つまり「世の中」という流れに転がされてゆく人生そのものも表していたのです。浮世絵師、国貞の描く「吉野山」の絵(左)には、義経の身代わりになって死んだ兄、継信の壇の浦の戦いの勲功を物語る忠信の衣裳に片輪車文様が効果的に使われています。

 『源氏物語』の「葵の上」に、「浮き世は牛の小車の、めぐるやむくいなるらん、およそ輪廻は車の輪のごとく」という詞書があります。 当時の人々は牛車の回転に浮世を見、自らの人生を重ね合わせようとしました。

 源氏車文様はまた、「輪廻転生」の思想の現れとしても用いられました。 釈迦が説法をして歩いた行跡や布教の広がりを放射状の線や輪で表す法輪文様(太陽が八方に輝く様を車輪にたとえたとも言われる)の形状と似ているためです。

 「生死は車の輪のごとく」というのは、『大鏡』の序文の詞ですが、車ひとつの単純な文様に流転する人生や無情感さえ、散りばめられているのに驚かされます。『義経千本桜』もいわば輪廻転生の物語とも言え、生死を結晶化させる力の文様として源氏車文様が使われていることがわかります。

伊藤俊治

『義経千本桜』「吉野山」。文政5年(1822年)、五渡亭国貞画。
早稲田大学演劇博物館所蔵。無断転載禁
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源氏車の連続文様

片輪車の連続文様


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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