歌舞伎いろは

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長沼静きもの学院の「くみひも科」で、30年近く組紐の魅力を伝えている大野静穂先生。組台に向かうと、そこは「無になれる空間」だといいます。体はほとんど動かず、手先だけがリズムよく動いていきます。

「組台」と呼ばれるくみひもを組む道具は、丸台、角台、高台などが一般的。初心者はまず、写真の丸台から。糸を巻き付けた玉の置く位置により、丸紐や平紐など組み上がる紐の形が違ってきます。
 毎日きもので過ごされているほど和装が大好き、という大野先生。身につける帯締は、もちろんすべてご自身の手で組まれたものです。

 「手組みの組紐は、帯の上でしっくりと締まり、緩むことがありません。さらに学院では、国産の絹糸にこだわっているのですが、国産の絹糸で手組みした組紐の質の良さは10年使い込んでも締め心地がまったく変わらないほどなんです。組み手の微妙な力加減により、独特の温かな風合いが出るのも手組みならではだと思います。

 組紐を作る時は、『このきものには、どんな色、どんな組み方の組紐がいいだろう…』と想像をめぐらせるのも楽しいですし、糸を選び、組み上がった時のうれしさ、自分で作ったものを身につけた時の喜びは格別です。

 組紐は『1本の紐に心を紡いでいく』と言われるように、手順に慣れるまでの一生懸命さやリズムに乗れた時の楽しさ、早く仕上げたいと焦った気持ち、心が余所見をしてしまったことへの反省の想いなど、組み上がるまでの自分の内面がすべて紐に現れます。 まさに組紐は、心の状態を教えてくれる映し鏡であり、組台に向かっている時間は自分との対話です。組台に向かっている間はずっと、それこそ帯で隠れてしまう部分まで、心を入れて組んでいくことが大切で、私はその無心とも言える時間が大好きです。

 先ごろ母が亡くなったのですが、母が大好きだった私の帯締を、旅立つ母に託しました。母を想いながらまた同じ帯締を組もう、と思って。このように自分なりの物語を紡ぎながら組み台に向かう、そういう楽しみ方もあると思います」
 

大野先生の装いには、いつも物語があります。組台の「組み口」が文様になっている井尻学先生の小紋は、実に大野先生らしい一枚。「柄は控えめに、糸のおもしろさで選びました」という帯締には、オーロラのような輝きを持つ白糸が使われています。

どちらの組紐も途中から柄が反転しています。実は、右側の組紐は誤って柄が反転した結果。けれど、このミスから2色の糸を一度かけ違えると、柄が反転することに気付いた大野先生。その経験を図柄作りに生かし、左側の組紐を組み上げました。

1本の中で色を切り替え、結び目から色が変わっているように見える美しい組紐。写真結び目の水平部分にのみ見えている裏側も、アクセントになっています。組紐を組む際、表側だけに気を取られがちですが、表にも裏にも心を込めた帯締は仕上がりが違います。

長沼静きもの学院

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