歌舞伎いろは

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『奥州安達ヶ原 文治館の段』

幕開きは三番叟、独自の作品も上演

 上演されたのはよく知られた三段目の「袖萩祭文の段」ではなく、その前の二段目。「文治館の段」だ。安倍貞任の子をかくまっている浪人・文治の館を舞台に、文治と博打打の南兵衛と正体を偽って現れる安倍宗任、文治の妻・お谷が繰り広げる物語である。

 中央ではほとんど上演の機会のない貴重な場面が見られるのも檜枝岐歌舞伎の魅力のひとつだ。交通の不便な雪深い山里であったがゆえに、村民の数少ない娯楽として歌舞伎が重要な存在となり、周囲の情報や流行り廃りに左右されずに村に伝わる歌舞伎を純粋に受け継ぐことにもつながったのだ。

 大切なのは「檜枝岐らしさ」。今日よく目にする演目も独自のやり方が多々あるという。

(1)南兵衛実は安倍宗任役の星昭仁さん。(2)目抜き通りから舞台に通じる「歌舞伎通り」。(3)文治役の星勇人さん(4)一度奥に引っ込んだ南兵衛は安倍宗任として素袍姿で現れる。(5)吾助(橘剛さん)を伴って文治の館を訪れた南兵衛を応対するのは文治の妻・お谷(平野真美さん)。
打ち上げは幕を閉めた舞台の上で。芝居の余韻の残る空間で酒を酌み交わす。

 15年ほど前に一度訪れたという宇都宮在住の75歳の女性は「いつか夫と一緒に観たいと思っていたが、念願がかなった」と満足そうな表情を浮かべた。観客がそれぞれの思いを胸に帰路につく中、舞台の幕の向こうでは打ち上げの準備が進んでいた。

 シャンシャンシャン、オッシャシャンノシャン。独特の手締めで宴が始まった。座員の表情がみるみる和らいでいく。

 なぜ芝居を続けるのか。愚問を投げかけてみた。
「自分のいままでの人生が表現できる。親子、夫婦、兄弟の絆、人への思いやり。芝居を通していま世の中で忘れられがちなものを伝えられる。だからうれしい」。
 あちこちでそんな言葉が返ってきた。檜枝岐には芝居の、そして人としての原点がある。

歌舞伎と旅

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