新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング上映記念特別企画 新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング上映記念特別企画

衣裳で描く新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』の世界


ナウシカ(尾上菊之助)

 2019年12月、新橋演舞場で上演された新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』。その舞台では、登場人物の衣裳もまた、作品の魅力のひとつとして大きな感動を生み出しました。

 待望の『風の谷のナウシカ』ディレイビューイングの上映を前に、衣裳を担当した松竹衣裳株式会社の松本勇さんに、衣裳の製作過程や込められた思いをうかがいます。これを読めば、ディレイビューイングがいっそう楽しめること間違いなし。ぜひご一読のうえ、上映映画館へ足をお運びください。


インタビュー・文・取材写真/歌舞伎美人編集部 舞台写真/松竹写真室

松本勇さん
松竹衣裳株式会社演劇部第一演劇課係長
平成12(2000)年入社。 澤瀉屋一門や音羽屋一門の着付担当などを経験し、今作ではデザイン等も務める。


―― 新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は昼夜通しの長編の作品で、たくさんの衣裳が登場します。いつごろから準備を始められたのでしょうか?

 昨年の2月頃、ちょっと早めに台本の準備稿をいただいて、まず原作と台本とのすり合わせをしました。ですが実際、打ち合わせをして本格的に進み始めたのは上演の2カ月前くらいからです。デザインスケッチを大体80枚くらい描きました。実際につくったのは全部で200着以上になるでしょうか。つくったけれど日の目を見なかった衣裳も複数あります。

 開幕のひと月前に稽古が始まり、俳優さんにデザインスケッチをご覧いただいてご意見をうかがいつつ、また芝居の内容に合わせて生じるさまざまな要望に沿って、いろいろと変えていきました。

 今回は、衣裳に使う生地にもこだわり、織物を織るところから始めたんですね。機屋さんに発注して織ってもらって、染めて仕立てるとなると、やはり時間が結構ギリギリで。本当は、1年くらいかけてつくりたかったですね(笑)

―― 一番大変だったのはどのような部分でしたか。

 デザインスケッチを描くことに、一番苦労しました。スタジオジブリさんとの打ち合わせや、俳優さんたちへの説明をわかりやすくするためにも、だいたいの登場人物のデザインスケッチがあった方がよいということで描いたのですが、絵なんて描いたことなかったので…(笑)。デザインスケッチをつくって自分で製作進行をするということが、他の歌舞伎の作品ではあまりないことでした。絵を描く部分以外は、普段やっていることなんですけどね。

 左から、クシャナ、ユパ、ナウシカのデザインスケッチ。ユパの帽子は、ユパらしくみせるための、松本さんのアイディアとのこと

―― デザインの方針はどのように決まっていったのでしょうか。

 これまで歌舞伎の衣裳に関わってきた僕に任せていただいたということに、意味がこめられていたと思っています。この作品は漫画が原作だけれども、衣裳は歌舞伎に寄せたものにしたいということだと思ったので、その意図を汲んだつもりです。まず、もともとの台本自体に、歌舞伎に寄せて書いてあるところと、そうでないところがありました。歌舞伎に寄せて書かれた部分のキャラクターについては、歌舞伎の古典作品の、どのお芝居の何という登場人物をモチーフにしているのかがわかったので、なんとなくイメージが理解できました。

 ただ、ことナウシカに関しては、菊之助さんやスタッフの方とともに非常に悩みましたね。初めはチラシに使われているような、原作のナウシカのイメージに近いものを考えていたのですが、もしかしたらもっと歌舞伎の女方としての要素が必要なのではという意見も出て、新たに小袖姿のようなデザインを考えてみました。ところがそれをスタジオジブリの鈴木プロデューサーにお見せしたところ、「これじゃナウシカじゃない」と。「出てきた瞬間にナウシカであってほしい」とおっしゃったんです。それ以外のキャラクターに関しては、自由にやってほしいとのことだったんですが、ナウシカだけは…ということで。

 それでナウシカの方向性がはっきりしました。最初にナウシカが登場した瞬間に、ナウシカだとわかるようにしようと。ただそうなると、芝居全体のなかでナウシカだけが浮いてしまう心配もあったので、舞台が進むにつれて徐々に歌舞伎に寄せていこうと考えました。芝居の各場面に合わせてバリエーションを加え、最終的にナウシカの衣裳は10種類以上になりました。ナウシカの被り物(ヘルメット)は、菊之助さんから「ナウシカになりたい」という思いを込めた希望があって用意したものです。

―― ナウシカの衣裳についてもう少し詳しく教えてください。

基本的には、歌舞伎でもよく使用する「狩衣(かりぎぬ)」や「四天(よてん)」(丈が短く、裾の両側に切れ目がある着物)という衣裳を合わせたデザインで、場面に合わせて、裾に「馬簾(ばれん)」という飾りを付けたり、袖の形を変えたりしています。「馬簾」は、通常の歌舞伎公演で使うものでは大きすぎるので、バランスがよいサイズや色合いのものを手づくりしました。

 また、場面に合わせて衣裳の色も変わっていきます。例えば、昼の部では、最初の衣裳が「空色」、風の谷の城内では「浅黄色」、マニ族のおばあさんにもらう服が「朱鷺色(ときいろ)」。そして王蟲の血を浴びた後の衣裳の色は、「王蟲色(おうむいろ)」と呼んでいます。

 ナウシカの衣裳の生地によく使われているのが「雲立涌(くもたてわく)」という地紋です。「立涌」という吉祥文様のなかに雲が描かれています。僕のなかで、ナウシカには雲と鳳凰(ほうおう)の柄をメインに使いたいという思いがありました。

「馬簾付王蟲色堅地狩衣四天(ばれんつきおうむいろかたじかりぎぬよてん)」 裾に付いている房の飾りが「馬簾」。袖を絞る緒も、このために特別に織ってつくりました 

―― その他のキャラクターについて、イメージの元になったものや、工夫されたところは。

 先ほどもお話ししたとおり、台本の時点から、歌舞伎のどの登場人物をイメージしたのかがわかるキャラクターもいました。たとえば坂東巳之助さんが演じられたミラルパは、『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』の関兵衛をモデルとして考えました。また、本水を使った立廻りシーンでのアスベルは、歌舞伎で本水を使って戦う戦士といえば、やはりこういう四天だよね、という歌舞伎の古典ならではのスタイルに基づいてデザインしています。

左からアスベル(尾上右近)、ユパ(尾上松也)

 一方、クシャナについては、歌舞伎で例えられるキャラクターはなく、まさに、クシャナ。トルメキアの国を表す鱗文様がポイントです。クシャナに限らず、トルメキアの人間には鱗を、風の谷の人間には風車を、といったかたちで、それぞれの国を、文様やデザインで見分けられるようにしました。菊之助さんの提案で、デザインのモチーフとして、日本の東北地方や、琉球の民族衣装のイメージをとり入れたものもあります。

クシャナ(中村七之助)

 それから今回は、さまざまな国の住民や兵士として、複数の役で出演する俳優さんが多かったので、例えば下に着るものは統一させ、上に着るものだけを変えるようにするなど、衣裳替えをスムーズにする工夫もしています。また全体としては、洋服のような生地は極力避けたいと思っていました。一方で、染めだったり織りだったり、そういう歌舞伎の衣裳らしい要素はぜひ入れたいなと。

―― 歌舞伎に寄せながら、ナウシカの世界感を保つために心がけたのはどのようなところでしょうか。

 根本的に、各キャラクターのもっている立場や性根というものを、歌舞伎ならではの登場人物に当てはめて、どんどん構築していきました。たとえば皇帝だったら、歌舞伎における皇帝らしい衣裳にする。一目見るだけで、この人はどのキャラクターか、どういう立場かわかるように、ということが一番心がけていた点です。

実は道化の衣裳が気に入っています、と松本さん

―― ディレイビューイングを観るときのおすすめポイントを教えてください。

 やはり、普段、客席からは見られない衣裳の地紋など、細部にもこだわっているというところに気づいていただけたらうれしいです。ナウシカの衣裳の地紋も、衣裳によって変化しているところもあるんですよ。そういう部分も含めて、舞台全体に描かれる世界を楽しんでいただければと思います。

風の谷城内でのナウシカの衣裳。ナウシカを象徴する雲と鳳凰の模様がここにも

胸元の刺繍には銀糸を使用。細部にこだわりが宿ります

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』
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