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コクーン歌舞伎『切られの与三』初日の賑わい

 5月9日(水)、渋谷Bunkamuraシアターコクーンで「渋谷・コクーン歌舞伎第十六弾『切られの与三』」が開幕、開場と同時に、2年ぶりのコクーン歌舞伎を待ちかねていたお客様でいっぱいになりました。

 「いやさお富、久しぶりだなぁ」。死んだと思ったお富に出会った与三郎の、「しがねえ恋の情けが仇」から始まる名ぜりふ。この「源氏店」の場面がよく知られる『与話情浮名横櫛』は、講談を元に歌舞伎となり、与三郎の人気によって書き足され、八幕三十場の長編になった作品です。長い原作から、与三郎の数奇な運命をあぶり出した今回の『切られの与三』。原作の設定やせりふをかなり忠実にすくい出していますが、ほとんど上演されない場面も多いので新鮮な感動が生まれます。

 

 幕開きで扇雀、亀蔵、笹野の三人の講釈師が語り出したのは、何事もなく普通の人生を送ってほしいと親が願った与三郎のこと。以前は下男の忠助に坊ちゃん、若旦那と呼ばれていましたが、勘当されて今は木更津の地で、江戸を懐かしんでいます。その木更津の浜辺で、江戸深川の芸者だったお富とすれ違いざまにひと目惚れ。見染めの場が、花道のないシアターコクーンでどんな「いい景色」になるのかは、お楽しみの一つです。

 

 地元の赤間源左衛門に囲われているお富の部屋にいるのを見つかった与三郎。赤間別荘の場には、お富の着物の紅裏(もみうら)が生々しく浮かび上がるなまめかしさと、源左衛門に斬りさいなまれ、本火に照らし出される血まみれの与三郎のなまめかしさがあります。演出により、歌舞伎とはまたひと味違う味わいとなりました。

 

 続く場は、上演の多い鎌倉の源氏店ではなく、今回は江戸、玄冶店(げんやだな)として上演されます。今度は多左衛門に世話をしてもらっているお富と、3年ぶりの再会ですが、いい面構えになった与三郎は、切られの与三として強請(ゆすり)たかりの身の上です。お富を見て驚き、啖呵を切るくだりは、歌舞伎の磨き上げられた演技、名ぜりふのままですが、ジャズピアノの音が心情を揺さぶり、さまざまな演出が加えられて、ここも印象がまったく変わりました。

 

 このあとは近年、上演されることがほとんどありません。与三郎をとりまく人々との因縁、お富との生活が描かれ、ついに、与三郎は人を手にかけてしまい、不運も重なって島送りの身となってしまいます。そして、決死の覚悟で島抜けをした与三郎の心は、やはり江戸にありました。年月を経て町の様子が変わっても、江戸に戻れたことがうれしい与三郎。

 

 人との関わりの中で翻弄され続け、艱難辛苦をなめつくした与三郎にとっては、人ではなく江戸という場所こそが大事だったのだと思わせます。決していい思い出ばかりではなかったにもかかわらず、過酷な人生を歩んできた者にとっては、自分のような者を受け入れてくれる江戸という町の懐の深さが必要だったのだと…。

 

 総身に34カ所の傷を負った与三郎が、最後に選んだ選択肢は、原作やこれまでの脚本とは異なるオリジナルです。“切られの与三”として生きてきた与三郎とは、果たしてどんな人間だったのか…。七之助の与三から目が離せないまま幕が降り、そのまま心から離すことができなくなります。

 初日からおおいに賑わいを見せたシアターコクーン「渋谷・コクーン歌舞伎第十六弾『切られの与三』」は、5月31日(木)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットWeb松竹スマートフォンサイトチケットホン松竹ほか、Bunkamuraチケットセンター、オンラインチケットMY Bunkamuraで販売中です。

2018/05/10