歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



もっともっと楽しんでいただくために


誰もが知っていた『碁盤忠信』伝説

 実は染五郎さん、『碁盤忠信』は前々から“目を付けていた”作品だったと言います。
 「新しい歌舞伎をつくる勉強のために読んでいた古い資料に、『碁盤忠信』のあらすじがありました。今は佐藤忠信といえば、まず『四の切』が挙がると思いますが、『義経千本桜』がつくられる以前は、忠信といえば「碁盤片手に戦をした人」というくらい有名なお話だった。誰もが知っている伝説だったようなんです。それを使わない手はないし、碁盤を片手に大立廻りという絵面が面白い」
 「今、新しい作品をつくろうとすると、どうしても面白いストーリーを、と考えます。でも、歌舞伎は物語だけによってあるのではない。むしろ目や耳、五感を楽しませてこその歌舞伎だという想いがありました。そういう歌舞伎が、『碁盤忠信』ならばできるのではないか。歌舞伎本来の時代な芝居がつくれるのではないかと思いました」


 いわゆる、荒事。それを新しくつくるのは非常に珍しいことです。
 「いつかこういう作品を手がけたいとは考えていましたが、僕自身、まさかこんなに早くとは思いませんでした。荒事は、ある意味、歌舞伎の真ん中にあるものだと思うので、どのようにつくり上げるかだけでなく、それを表現できる身体がなければなりません。僕は荒事をこれまであまり演じてきていません。これからその経験を積ませていただいて、いつか『碁盤忠信』のような作品を、と考えていたところに今回のお話。望んでいたとはいえ、晴天の霹靂でもあったというところでしょうか」

荒事への憧れ


七世 松本幸四郎
襲名百年
平成23年12月7日(水)
~25日(日)
公演情報

(撮影:操上和美
提供:松竹株式会社)


昼の部
一、碁盤忠信(ごばんただのぶ)
佐藤忠信 染五郎
横川覚範 海老蔵
 
源義経 亀三郎
静御前 春 猿
塩梅よしのお勘
実は呉羽の内侍
笑三郎
番場の忠太 猿 弥
小柴入道浄雲 錦 吾
忠信女房小車の霊 高麗蔵

 幼き日、芝居がしたいと思うようになった頃の染五郎さんにとって、歌舞伎とはすなわち荒事でした。
 「首をぐるっと回してシャキっと見得をする。子どもですからそういうことへの憧れから歌舞伎への道が始まったわけですが、それが凝縮されたものが『勧進帳』でした。子どもの頃の僕にとって歌舞伎、いえ、芝居といえば『勧進帳』でしかなかった。高麗屋に生まれたからには、これこそが大命題なのだと。これができなければ染五郎とは名乗ってはいけない。そのくらいの想いを抱いてきました」
 「その憧れはまだ実現していません。代々で様々な役者がいていい。それも真実だと思います。ただ、少なくとも僕は『勧進帳』に憧れて芝居の道に入った。それを手放しては、いったい、お前はなんのために役者になったんだ?ということになる。ブレたくはないんです」


 ゆえに今回の公演、さらには『碁盤忠信』をつくることに、様々な想いが巡ります。
 「七世松本幸四郎襲名百年と銘打った興行で、僕が挑戦する作品の中に『勧進帳(の弁慶)』がないという悔しさはあります。それをすべて『碁盤忠信』にぶつけるんです。見どころは?と聞かれたら、そこだと答えるでしょう。憧れの作品に拮抗するような芝居をつくり出そうとしている男の心意気とプライド。憧れ続けてきた芝居を敵に回そうというのですから、生半な覚悟ではない。それを見ていただければと思います」

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