歌舞伎いろは

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御覧いただきたいのはここ!


純朴で喜怒哀楽の振れ幅が大きい又平

 絵師の又平は、女房のおとくと花道から登場します。そのときは、どんな気持ちなのでしょう。
 「又平は一人前の画家としての証しである土佐の名字を欲しいから、おとくと師匠である土佐将監(とさのしょうげん)の家に日参しています。この日も同じなのですが、違うのは将監閑居で弟弟子の修理之助が、虎を描き消した後に又平夫婦が訪ねてくることです」

 夫婦の出てくるタイミングが、演出によって違うことがありますね。
 「初代猿翁さんは、又平の見ている前で修理之助が虎を描き消した。でも師匠(二代目猿翁)は、六代目尾上菊五郎さんや原作の浄瑠璃本と同様に、順序を変えています。花道を出てくる時点で、又平は弟弟子が虎を消した手柄で土佐の名字をもらい、自分の先を越したことを聞いているのです」

 辛い気持ちのわけですね。
 「ですから、とぼとぼと歩いてきます。ただ難しいのは、あまり悲痛になると、救いがなくなってしまうところです。又平は苦しいのですが、苦しく見えてはいけないと思うんです。かわいそうだけれど愛くるしい」

 又平という人物をどのように、右近さんはとらえていらっしゃいますか。
 「又平は純朴な人間で、喜怒哀楽の振れ幅が大きい。苦しんで悲しんで怒って思うどおりにならなくて奥さんを叩いたりするけれど、それも甘えているように見えないとね。“お前までがわかってくれないのか!”と。全編を通じて、又平の絵を求める童心に近い無垢な気持ちが流れていないといけないと思います」

師をもいとわぬまっすぐさ

『傾城反魂香』は、こんなお芝居

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平成21年11月秋季公演
(C)松竹株式会社

近江高嶋の六角家に仕える狩野四郎二郎元信は、元信を快く思わない家老らの計略にかかり、柱に縛りつけられます。元信は自らの血を襖に吹きかけて虎を描くと、その虎が絵から抜け出て元信を救い出しました。
一方、元信の弟子の雅楽之助(うたのすけ)は館の姫君、銀杏の前を守るため戦ったものの、敵の討手に姫を奪われてしまいます。
山科に蟄居している絵師、土佐将監は、住居裏の竹薮に現れた虎が、元信の絵から抜け出たものだと見破ります。弟子の修理之助はこれを筆で見事に書き消し、土佐の名字を許されます。そこへやってきたのが、兄弟子の浮世又平とおとく夫婦。弟弟子が名字をもらったと聞き、自分もと願う又平。話すのが不自由な夫に代わり、口の達者なおとくが将監に懇願しますが、突き放されてしまいます。雅楽之助が銀杏の前救出の助けを頼んできても、将監は又平を押しとどめて修理之助を送り出し、絵で功を立てよと又平を叱りました。生きる望みを失った又平は、おとくの勧めで最後に自分の絵姿を残そうと、手水鉢に自画像を描きます。すると、又平の強い一念によって、厚い石面の裏側にその絵姿が突き抜けました。
この奇跡によって又平は、将監から土佐光起の名を与えられ、銀杏の前の救出も命じられて大喜び。授けられた紋付の着物に着替え、おとくの鼓に合わせて舞いながら見事に謡ってみせると、これなら口上も大丈夫と、将監夫婦は安心して又平夫婦を送り出しました。

 土佐の名字を許されない又平はついには死を決意し、おとくも共に死のうとします。
 「名前ももらえない、さらには自分を討手に行かせてくれと頼んだけれど将監に断られ、修理之助が出かける。今生の願いはもうついえたということですよね。それまでにも将監に対して“殺してくれ”という趣旨のせりふがある。又平には死をも厭わぬ思いがある。将監に“こいつ師匠を困らせおるわい”というせりふがありますが、師匠も困り果てるぐらいに、真っ直ぐだということです。わかって欲しい一心で将監にも対峙する…」

 観客にも夫婦の気持ちがよく伝わってきます。
 「又平と一緒におとくも死のうとするところは、やっていても堪らない。切ないです。演じる本人が言うのもなんですが、いい芝居です。感情が自然に運べます」

 その後、手水鉢(ちょうずばち)に描いた絵が抜ける奇跡が起きます。
 「澤瀉屋では手水鉢に肩衣を付けた自画像を描きます。肩衣を付ける人と付けない人と両方ありますが、僕は、又平が自分の夢見た姿、理想像を描いているのではないかと思うんです」

 又平はなかなか奇跡に気づきません。
 「最初は絵が抜けたのには気づかずに、死のうとする。そこでおとくが自分も一緒に死ぬからと、死に水を取りに行く。待っていると、絵が抜けたのにおとくが気づき、又平に知らせようと手水鉢の所へ連れてきますが、又平は戻ってしまう。ああいうところが師匠はチャーミングで素晴らしいんです」
 「絵の抜けた功績で将監から名前を許され、大頭の舞を踊りますが、ここは又平として踊らなければならないのが難しいところです」


※澤瀉屋の「瀉」のつくりは正しくは"わかんむり"です。

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