歌舞伎いろは

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大阪松竹座 「二月大歌舞伎」   『連獅子』知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 四代目 中村鴈治郎

仔獅子が親獅子に付いていく

 ――『連獅子』の前シテと後シテ、演じるうえでのポイントをお教えください。

 前シテは能の『石橋』に着想を得た舞踊という意識を持って、足使いなどもきっちりできたらと思います。

 後シテでは親獅子が毛を振るのは仔獅子から見えますが、真横ではなく斜めにいるので、親獅子からは仔獅子が毛を振るのは見えません。仔獅子が合わせればいい。こちらに付いてこい、という感じでしょうか。それがきれいに見えればいいと思います。

 ――今回の間狂言(あいきょうげん)は松緑さん、猿之助さんの「宗論」ですが、鴈治郎さんは「蟹山伏」でなさることも多いですね。

 ご宗家(藤間勘祖)から「宗論」ではないやり方もあるとうかがい、山伏の登場する「蟹山伏」でいたしました。我が家が演じるときには「蟹山伏」でと考えておりましたが、今回は松緑さんと猿之助さんが出てくださいます。お二人の「宗論」、皆さん見たいと思われるでしょう? 私も楽しみにしています。次回からはまた「蟹山伏」にするつもりです。

『連獅子』(れんじし)

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平成23年10月京都四條南座
撮影:松竹写真室

 文殊菩薩の住むという霊地、清涼山。そこにかかる石橋に、手獅子を携えた二人の狂言師、右近と左近がやってきました。石橋のいわれや、文殊菩薩の遣わしめである霊獣、獅子のさまを踊る二人。親が子を千尋の谷へ突き落とし、駆け上がってきた子を育てる故事を舞ううち、獅子の精が乗り移ってどこかへ消えてしまいます。

 そこへ法華僧と浄土僧がやって来ますが、お互いの宗派が違うところから口論をしていると、あたりはおどろおどろしい山嵐となります。二人が退散したあとに現れたのは、親獅子の精と仔獅子の精。勇壮に毛を振り、獅子の狂いを見せるのでした。

親子ではなく、狂言師として

 ――平成11年1月に楳茂都流での『三人連獅子』の子獅子を、お父様の親獅子、秀太郎さんの母獅子で踊っていらっしゃいますが、今回と同じ河竹黙阿弥作の『連獅子』を初めて壱太郎さんの仔獅子でなさったのが、平成14年4月、大阪の浪切ホールの柿落し記念公演でした。

 壱太郎はまだ小学校六年生で11歳でしたから、毛が振れるかどうかわからない。振れたらやろうと思いました。振らせてみたらできたんです。本当は、中村屋さん親子(十七世中村勘三郎、十八世中村勘三郎)の『連獅子』を拝見して、父とやりたいと思っていました。ですが、父は相手役として認めてくれなければ使ってくれない人です。父とできなかったことを息子とやろうと思いました。

 ところが、それを見た父が壱太郎と踊りたいと言い出して、近松座公演で上演しました(平成3年5月)。その公演で、京都の南座に行ったときに壱太郎は学校があり、出演できなかった。それで私が初めて父と『連獅子』を踊ることになり…。私は壱太郎の代役で初めて父と踊ることができました(笑)。

 ――親子でなさるのはどんなお気持ちでしょうか。

 うれしいです。(十八世)勘三郎のおにいさんが「親子でやると、子どもが気になってしようがないから嫌なものだよ」とおっしゃっていました。ですが、いざ踊ってみると私は全然気になりませんでした。父もきっと私のことなど気にならないでしょう。うちの家系でしょうか、自分のことで精一杯。かみさん(舞踊家の吾妻徳穂)に、「もう少し合わせたら」と言われたぐらいです。

 壱太郎もいい年齢です。身長も私より大きい。お互いに親子だと思って演じておりません。狂言師の右近、左近という役として成立すればいいと思います。

大阪松竹座 中村翫雀改め四代目中村鴈治郎襲名披露「二月大歌舞伎」

平成27年2月1日(日)?25日(水)

公演情報

『 傾城反魂香 』けいせいはんごんこう

浮世又平 翫雀改め中村 鴈治郎
女房おとく 市川 猿之助
土佐修理之助 中村 壱太郎
将監北の方 坂東 竹三郎
狩野雅楽之助 尾上 松 緑
土佐将監光信 坂東 彌十郎

『 連獅子 』れんじし

狂言師右近後に
親獅子の精
翫雀改め中村 鴈治郎
狂言師左近後に
仔獅子の精
中村 壱太郎
僧蓮念 市川 猿之助
僧遍念 尾上 松 緑

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