歌舞伎いろは

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大阪松竹座 「二月大歌舞伎」   『傾城反魂香』『連獅子』秀太郎さんのこと、お教えします

ようこそ歌舞伎へ 四代目 中村鴈治郎

「がんじろはん!」と声がかかって

 ――大阪松竹座で1月から襲名公演が始まりました。鴈治郎というお名前にも慣れられましたか?

 正月興行は『吉田屋』と『封印切』で、初代鴈治郎の選定した「玩辞楼十二曲」に数えられる“家の芸”です。2月は、がらっと色を変え、「十二曲」にもこだわらないようにいたしました。

 私の初舞台は初代の三十三回忌。そして今年は初代の八十回忌であり、二代目の三十三回忌です。ねらったわけではないのですが、偶然にそういう年回りになりました。

 20年間も翫雀を名のっていたこと自体が驚きです。この20年で子どもと一緒に芝居できるようにもなりました。あと20年経ったら、私も70歳を超えています。これから30年以上、俳優として活動できるかもしれません。その間に、自分の中で鴈治郎がどうなっていくかです。

 ――正月興行の初日には、どんな思いを持たれましたか。

 『吉田屋』で笠を取ったら、「がんじろはん!」と声がかかりました。昨年12月の船乗り込みで声がかかったときもそうですが、やっぱりうれしかったですね。もっと舞い上がるかなと思いましたが、「口上」もあっという間に終わりました。

 正直なところ、まだ「鴈治郎さん」と呼ばれても振り返るのに時間がかかるようなところがあります。サインを頼まれても、五代目翫雀だったもので、四代目鴈治郎と書かずに、つい“五代目”と書いてしまいそうになります。うちは名前ごとに紋が違います。翫雀の紋は自分でつくりました。鴈治郎になってから、イ菱の紋を付けられるようになりました。つくづく格好いい紋だなと思います。

 ――屋号を「成駒屋」から「成駒家」に変えられたとうかがいました。

 我が家には成駒家を名のった時期があることを知りました。成駒屋に遠慮して「家」にしたのではないかと思います。私もいい意味で、江戸の成駒屋と区別したい。「家」を使っていた時代があったのですから、また戻してもいいと思いました。それで、襲名を機に一門で「成駒家」といたしております。

 紋の「イ菱」も成駒屋の「祇園守」の円を避けようとしてつくったそうです。ですが、これまで“成駒屋”で来ましたから、お弟子さんの持ち物も含めて急に変えるのは無理でしょう。時間をかけて壱太郎の代ぐらいに定着すればいいと思っております。

中村鴈治郎 成駒家!

中村鴈治郎さんをもっと知りたい!

四代目 中村鴈治郎(なかむら がんじろう)

生まれ 昭和34年2月6日、京都府生まれ。
家族 坂田藤十郎の長男。息子は中村壱太郎。弟は中村扇雀、中村虎之介は甥に当たる。
初舞台 昭和42年11月歌舞伎座『紅梅曾我』一萬丸、『心中天網島』娘お末で、中村智太郎を名のり初舞台。
襲名 平成7年1月中座『封印切』亀屋忠兵衛、『春興鏡獅子』小姓弥生後に獅子の精ほかで、五代目中村翫雀を襲名。同27年1月大阪松竹座『廓文章』藤屋伊左衛門、『封印切』亀屋忠兵衛で四代目中村鴈治郎を襲名。
受賞 平成18年度日本藝術院賞。同23年松尾芸能賞優秀賞ほか受賞多数。

平成26年

2月 二月博多座大歌舞伎」(博多座)
『御摂勧進帳』富樫左衛門/『封印切』亀屋忠兵衛/『傾城反魂香』浮世又平後に土佐又平光起
3月 鳳凰祭三月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『封印切』丹波屋八右衛門
4月 鳳凰祭四月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『曽根崎心中』平野屋徳兵衛
6月 六月博多座大歌舞伎」(博多座)
『三人形』 奴/『雁のたより』若旦那万屋金之助/『恩讐の彼方に』中川実之助/『船弁慶』源義経
7月 七月大歌舞伎」(大阪松竹座)
『女夫狐』又五郎実は塚本狐/『伊賀越道中双六』「沼津」雲助平作/『身替座禅』奥方玉の井
9月 九月花形歌舞伎」(京都四條南座)
『壽三升景清』猪熊入道/秩父庄司重忠
10月 十月花形歌舞伎」(大阪松竹座)
『GOEMON』豊臣秀吉
11月 平成26年11月歌舞伎公演「通し狂言 伽羅先代萩」(国立劇場)
『伽羅先代萩』仁木弾正妹八汐

平成27年

1月 壽初春大歌舞伎」(大阪松竹座)
『廓文章 吉田屋』藤屋伊左衛門/四代目中村鴈治郎襲名披露『口上』/『封印切』亀屋忠兵衛

ようこそ歌舞伎へ

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