歌舞伎いろは

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明治座 「明治座 五月花形歌舞伎」『男の花道』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 市川猿之助

客席を沸き立たせる芝居を

 ――『男の花道』は、人気女方の歌右衛門と眼科医、土生玄碩(はぶげんせき)の友情を描いた芝居ですね。歌右衛門を演じるのは今回が2度目でいらっしゃいます。明治座で上演しようと思われた理由をお聞かせください。

 昔は劇場ごとに色がありました。明治座は歌舞伎専門ではなく、女優さんが芯になるお芝居や歌手の方のお芝居など、バラエティーに富んだ演目を上演してきた劇場です。ですから歌舞伎座や新橋演舞場とは異なる、明治座ならではの演目、芝居が合うのではないかと思いました。わかりやすく、堅苦しくなくて面白い『男の花道』は、明治座のお客様にきっと喜んでいただけるのではないでしょうか。

 ――初演は平成22(2010)年5月の名古屋 御園座です。そもそもどうして歌右衛門を演じようと思われたのかをお聞かせください。

 山城屋のおじさん(坂田藤十郎)の舞台を拝見して面白かったからです。僕はおじさんを尊敬し、おじさんのように客席を沸き立たせるお芝居をしたいと思っています。

 『男の花道』は長谷川一夫先生が映画で主演し(1941年)、その後、舞台でも長谷川先生や大川橋蔵さんが度々上演された演目です。今回もご出演いただける坂東竹三郎さんは長谷川先生の舞台によく出ていてかわいがられ、『男の花道』をご自分が演じられた際には(昭和52年4月中座)、細かい教えを受けられたそうです。私も初演にあたっては、竹三郎さんに長谷川先生直伝の秘伝口伝を教えていただきました。

『男の花道』(おとこのはなみち)

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撮影:松竹写真室

 ここは大坂道頓堀の中の芝居、歌舞伎女方の加賀屋歌右衛門の芝居が大当たりで客留となっています。その歌右衛門の眼が悪いと指摘した蘭方医、土生玄碩(はぶげんせき)は、歌右衛門の贔屓客と争い小屋から追い出されてしまいました。

 ひと月後、東海道金谷宿の旅籠で、江戸へ下る歌右衛門一座と同宿となった玄碩は、失明寸前で思い詰め、命を絶とうとまでしていた歌右衛門に、自分も命を懸けて治療をするからと願い出て、眼を手術することになります。そして手術は無事成功。眼は完治したものの、歌右衛門の謝礼を固辞した玄碩は、江戸で日本一の役者になることこそ本当の礼だ、自分も立派な医者になるからと言い、二人は大成を誓いあって別れます。

 4年後、江戸の中村座では歌右衛門が当代一の人気役者として客を集め、玄碩も評判の眼科医となっていました。ある日、いやいや呼ばれた宴席で侍から言いがかりをつけられた玄碩は、売り言葉に買い言葉で窮地に陥り、歌右衛門にすぐ来てほしいとの手紙を出します。歌右衛門は「櫓のお七」の舞台の真っ最中、大恩ある人の頼みと役者にとって何より大事な舞台、いずれを選ぶのか決断の時が迫ります。そして、歌右衛門は…。

長谷川先生がこだわり抜いた工夫

 ――具体的にはどんな工夫を教わられたのでしょう。

 どうやったら美しく見えるかを長谷川先生は考え抜かれていた。そういう上演方法をきちっと残していって欲しいと竹三郎さんはおっしゃいました。

 たとえば、舞台で歌右衛門が初めて姿を現す、東下りをする道中の「金谷宿」の宿屋。歌右衛門は長唄の「黒髪」の独吟に乗り、湯上り姿で現れます。そのときにまず上手(かみて)から下駄の音をさせる。普通は役者が暖簾から出たらすぐにピンスポットを当てますが、長谷川先生はすぐに顔を出さず、わざと間を置いて立ち止まり、ピンスポットを足元から当て、それを徐々に上にずらして顔をのぞかせたそうです。

 そこに長谷川先生は非常にこだわられたと、竹三郎さんからうかがいました。光の使い方にまで気を使われていたということです。

 ――ほかにもなにかございますか。

 映画では先生はつけまつげを付けられた。ですが、若い俳優がそれを真似て舞台で付けるとすごく怒られたそうです。映画ではいいけれど舞台で付けたら、照明のせいで顔に影ができる。ちゃんと自分の頭で考えなければいけないということです。

 歌右衛門が玄碩の手術で目が見えるようになるところでも秘伝があります。見てもお客様にはわからないと思います。それぐらいの細かいテクニック。長谷川先生の録音テープが残っていますが、それを聞くと目が開いたところで客席にジワが起きているのがよくわかります。

ようこそ歌舞伎へ

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