歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」『若き日の信長』『河内山』 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 市川海老蔵

柿のかじり方から座り方まで

 ――昼の部で上演される『若き日の信長』の織田信長役は3回目になりますね。

 初役(平成11年4月御園座)を、よく覚えています。父が大切にしている役で、書き物(新作)なのに、細かいところまで丁寧に教えられた記憶があります。

 ――初演が昭和27(1952)年10月の歌舞伎座で、信長役は十一世團十郎さん。何度も演じられて当り役となさいました。お父様の十二世團十郎さんが引き継がれて何度も演じられ、海老蔵さんが受け継がれました。新作歌舞伎で主役をご一家で三代に渡り演じ続けられ、歌舞伎ではほかの方がなさっていない。珍しい演目だと思います。

 九代目海老蔵(十一世團十郎)のために、大仏次郎先生が書き下ろした、つまりは祖父への当て書きですから、父だって私だって祖父を超えられる演目ではないんですよね。祖父がよほどよかったんでしょう。だからほかの家の方もなさらずに今まで伝わってきたのだと思います。

 ――お父様からはどんなことを教わられましたか。

 柿のかじり方や座り方まで、いろいろと言っていましたね。今では初演から半世紀以上経ち、もはや古典化された書き物といえるでしょう。ですから、基本的には演技を変える余地がない。一点だけ、二幕目の「平手中務屋敷」の衣裳の色味をどうするかを考えています。

 あとは、最後に信長が幸若舞の「敦盛」を舞う場面ですかね。「人間五十年化転(げてん)の内をくらぶれば夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり」のところは、意外と父も祖父と違っていたので、ここの形をどうしようかと考えています。

『若き日の信長』(わかきひののぶなが)

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平成23年9月大阪松竹座 撮影:松竹株式会社

 織田上総介信長のいる尾張の清州城下、今日は先代の三回忌法要の日。百姓たちが城主の信長が通るのを心待ちにするところ、その噂話に耳を傾けているのは、敵対する今川義元の間者、覚円です。今川方へ心を寄せる織田家臣、林美作守が通りかかり、二人は密談を始めます。父の三回忌法要にも出ず、子どもたちと戯れながら現れた信長は、覚円を間者と見抜くと軽く追い払いました。

 信長に諌言を繰り返していた守役の老臣、平手中務は、もはや死を持っておいさめするしかないと、冬のある朝、覚悟を決めて自害します。遺書を読み、中務へのさまざまな思いとともに、一人残された淋しさを叫ぶ信長…。そこへ、鳴海を守る山口左馬助父子が今川方へ寝返ったとの知らせ。左馬助の娘で人質として城にいる弥生を成敗すべきとの声を制し、信長はこのうえは力で防ぐのみと、弥生を解放させます。

 今川義元の軍勢が領内に攻め込むなか、美作守の策略で、殿が和睦を結ぼうとしていると聞かされた家臣たちは、意気消沈して城を立ち去ります。信長は打って出ようと考えますが、籠城を主張する家臣を前に苦悩の色が隠せません。しかし、木下藤吉郎の差し出した酒を前に、中務の面影と盃を傾けていた信長は、やがてその心を決めるのでした。

信長の生き様をご覧いただく

 ――この作品についてはどんな思いをお持ちですか。

 現代に通用する題材だと思います。父の法事に出ない信長のせりふに、「口きかぬ仏を山車じゃ、悲しいとも思わぬ奴らが家中そろって愁傷らしく見せ…」というのがありますが、本質はそういうところにある。

 たいして悲しく思っていないけれど、皆お焼香をし、坊主にしてもお布施をいくらもらえるんだろうと思いながら念仏を唱えている。本当に父のことを悲しむのだったら、一人で野中で思っていればそれで十分だというのが信長の精神ですよね。

 ――海老蔵さんも共感なさいますか。

 私もそっちのタイプなので、祖父もそうだったのかなあと思います。建て前的なことはいらないなと思うのが自分の本性ですが、歌舞伎という伝統文化の中に属している以上は(建て前も)絶対に必要です。でも、そう思う信長像が日本人の憧れの対象になっている。そういう精神がうまく描かれています。

 これは、初演のときの21歳ぐらいの新之助君や、再演(平成23年9月大阪松竹座)のときの海老蔵君に負ける気はしないですよね。初演の頃は、信長の本質が見えていたかというとそうではなく、せりふで言っていた部分もあっただろうと思いますし。この作品では、歌舞伎というよりも信長の生き様をご覧いただければと考えています。

ようこそ歌舞伎へ

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