歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



新橋演舞場「壽新春大歌舞伎」『雙生隅田川』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 三代目 市川右團次

役の心境と重ね合わせて演じられるのでは

 ――今回の『雙生隅田川(ふたごすみだがわ)』は、初役で猿島惣太後に七郎天狗、そして平成6(1994)年7月の歌舞伎座公演でもなさった奴軍介を勤められます。惣太と七郎天狗は師事された猿翁(三代目猿之助)さんが得意とされた役です。それぞれの役への思いをお聞かせください。

 惣太と七郎天狗は師匠の猿翁が非常にエネルギッシュに演じていらっしゃるのを若い頃から拝見しておりましたので、その役を勤めることをうれしく思っています。軍介は、前回は短縮バージョンで本水を用いずに演じた「鯉つかみ」も、今回は本水です。より役を掘り下げて演じたいです。

 ――「惣太住家」で人買いの惣太は、それと知らずに主筋の梅若丸を殺めてしまいます。その梅若丸は二代目右近を名のられる、お子さんのタケルさんが演じられます。

 悪人が善心に立ち返るというモドリの役です。手に掛けたのが主君吉田行房の息子と気付いたときに、実際に演じるのは自分のせがれですので、役の心境と重ね合わせて演じることができるのではないかと思っております。師匠が大変に格好よかったので、情熱的に演じることができればと考えています。

 ――猿翁さんの惣太を頭に描き、今回はどのように演じたいと考えていらっしゃるのでしょうか。

 師匠は絵金(*)の芝居絵「人買惣太自害」をご覧になり、ほかの役者絵にはないどろどろした印象を、演じるうえでの参考にされました。師匠の惣太にはギラギラしたところがありました。それが三代目猿之助という人だと思いますし、師匠の大切にされた世界観を私も出したいと思います。

 惣太が隠していた金が天井から降ってくる場面がありますが、これも芝居らしい、スペクタクルです。モドリの惣太は、「すし屋」の権太のように、よく知られたせりふを口にするわけではありませんので、師匠の演技をよく勉強するつもりです。

師匠の大切にしてきたケレン味がたっぷり

 ――七郎天狗はいかがですか。

 師匠の七郎天狗ははつらつとして爽やかでした。当代の猿之助さんの演じられる班女御前とせがれの松若丸、三人で宙乗りをいたします。

 ――もうひと役の軍介はいかがでしょう。

 「鯉つかみ」は右團次家の「家の芸」です。大詰で演じますが、「これより御覧に入れまするは、高嶋屋市川右團次が、当り芸と致しましたる鯉つかみの場面です」と劇中口上が入る予定です。本水は『新三国志』でも『四谷怪談忠臣蔵』などでも経験しましたが、真冬の正月にするのは初めてです。師匠はつくり物の鯉をまるで本物であるかのように扱っていらっしゃいました。しっかり勉強してとり組みたいと思います。

 『雙生隅田川』は、師匠の当り役を集めた「三代猿之助四十八撰」の一つです。宙乗りあり、早替りあり、本水あり。師匠の大切にしてきたケレン味がたっぷりの演目です。通し狂言での襲名興行は珍しいですし、本当にうれしいです。

*絵金 土佐、高知で活躍した絵師の金蔵(1812-1876)。詳細は「絵金蔵」のサイトをご覧ください。

通し狂言『雙生隅田川』(ふたごすみだがわ)

七郎天狗、猿島惣太、奴軍介

市川右近改め三代目市川右團次(左より、猿島惣太、七郎天狗、奴軍介)
(C)松竹株式会社

  • 「発端・序幕」
     吉田の少将行房が鳥居建立のため、杉を大量に伐採したことを恨む次郎坊天狗は、お家乗取りをねらう吉田家執権の景逸に共謀を持ちかけます。吉田家では病に伏す少将の見舞に現れた幼子が、実は少将と御台班女の前の間に生まれた梅若の双子の弟、松若とわかり、皆びっくり。その松若が天狗にさらわれ、少将まで殺されてしまいます。下館に避難していた梅若に家督相続の許しが出ますが、証としてお宝の鯉魚の一軸を持参せよとのお達し。しかし、そそのかされた梅若が眼を書き入れたせいで、絵から鯉が抜け出し、梅若は景逸に連れ去られ、班女の前は心を乱してしまいます。

  • 「二幕目」
     下総に住む惣太は昔、横領した金をつぎ込んで遊女唐糸を身請けし、今は夫婦となって人買い商売をしています。ある日、八丈島へ送る子が突き返され、惣太は折檻するうち急所を突いて死なせてしまいました。そこへ訪ねて来た吉田家の執権武国の話を聞いて、殺めた子こそ梅若と気づいた惣太。自分が吉田家の奥家老淡路の前司の息子、七郎俊兼で、使い込んだ金を返そうと人買い稼業の金を貯めており、最後に焦って売ろうと死なせた子が若君だったと告白します。そして、このうえは自分が天狗となって松若を探し求める、と、自らの腹を切り裂きました。

  • 「三幕目・大詰」
     我が子を探しさまよい歩く班女の前は、隅田川のほとりで唐糸に出会います。梅若が今際の際に唐糸に願いを託した話を聞き、柳の植えられた梅若の眠る塚に、すがりついて嘆く班女の前。そこへ現れたのは梅若の霊ではなく、七郎天狗となった惣太が連れ戻して来た松若でした。班女の前は正気に返りました。松若に家督相続させるには、梅若が逃がしてしまった鯉を一軸の絵の中に戻し、献上しなくてはなりません。そこで唐糸の兄、軍介が水練の上手と聞き、鯉を捕まえさせようと琵琶湖へ向かわせました。そうはさせじと景逸も駆けつけますが…。

ようこそ歌舞伎へ

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