歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「七月大歌舞伎」『盲長屋梅加賀鳶』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 二代目 市川齊入

目に残る先人の素晴らしいお兼

 ――『加賀鳶』のお兼が、二代目市川齊入襲名披露のお役になります。初役ですが、どんな役づくりをなさろうとお思いですか。

 六代目菊五郎さんの道玄からお兼をお勤めになり、当り役にされた(三世尾上)多賀之丞さんの舞台が目に残っております。楽屋での雰囲気そのままに、舞台に出られてお兼になっていらっしゃいました。なかなかああはできないと思います。(二世尾上)松緑さんの道玄となさった(四世中村)雀右衛門のおじさんのお兼も、色気があって素晴らしかったです(昭和56年10月歌舞伎座)。

 ――海老蔵さんが勤められる道玄の愛人ですね。

 『義賢最期』で奥方の葵御前(海老蔵の義賢)、『夏祭』で女房のお梶(海老蔵の団七)を勤めさせていただいたこともございます。実年齢なら、お母さん役でしょう。相応しいように若返って演じるつもりです。とてもうれしいです。

盲長屋梅加賀鳶 『加賀鳶』(めくらながやうめがかがとび かがとび)

 大名火消の加賀鳶が本郷通りに勢揃い、松蔵親分も一緒になって定火消に喧嘩を仕掛けようというところ、頭の梅吉が留め立てします。所変わってお茶の水の土手には、療治と見せかけ懐の金を盗んだ挙句、百姓を殺した按摩の道玄。落とした莨入れを拾ったのは松蔵でした。
 一方、道玄の家では女房のおせつに、姪のお朝が金を持ってきました。難儀をする叔母にと奉公先の伊勢屋の旦那がくれたと言うお朝に、嘘をつくなと道玄が問い詰め、同居しているお兼も加わります。お朝を人買いに渡し、二人は強請りの算段を始めました。そして、伊勢屋の店先に居座り、お朝を疵物にしたと強請る道玄とお兼。しかし、松蔵親分に追い詰められ、すごすごと帰ってきました。
 面白くない道玄が家でお兼と酒を酌み交わしていると、大家が道玄のものではないかと血の付いた着物を持ってきました。身に覚えのある道玄は慌てて大家を追い帰し、本郷の赤門までは逃げてきましたが、悪運尽き、とうとうお縄にかかってしまいました。

本当に道玄に惚れているお兼

 ――お兼は道玄と二人、「質見世」で主人の与兵衛を強請り(ゆすり)に出かけます。このとき、「二朱より安い療治はしないよ」というせりふがあります。かなりきわどい生き方をしてきた女性ですね。

 嫌らしい感じがあったほうがいいと思います。この人のなかにはドロドロした部分があります。きっと怪しいことをたくさんして生きてきたんだろうと思います。自分自身のなかにある嫌らしさを出さなければならないということですね。

 お朝を責めるところでも、口がうまいんですよ。字は読めなくても頭はよく、悪知恵が働きます。女房のおせつを折檻する道玄に向かい、「本当にひどい人だね」なんて言いながらも笑っています。道玄のことを本当に好きで、道玄もお兼を嫌いではないはずです。

 ――黙阿弥のせりふも耳に心地いい作品です。

 黙阿弥さんは気持ちよく、せりふは言いやすいのですが、テンポに乗っているだけでは、気持ちがおろそかになってしまいます。するするっと通過していっては、いけないと思います。私は生まれが大阪なものですから、江戸弁があまりうまくないので、しっかり勉強して勤めようと思います。

 ――どんなところを大切に演じられますか。

 雰囲気ですね。亡くなった(十二世市川)團十郎の旦那は、「それらしく見えればいいんだよ」とおっしゃっていました。人物そのものになれるわけはありません。それらしく見せるのが我々の仕事です。役のなかに自分が出てくればいいのかなと思います。

 いろいろつくるよりも、ぱっと出たほうが自然にできることもあるのでは、とも思います。江戸の底辺に、こういう人たちがいたんだろうなとお客様に思っていただけるように演じたいです。

ようこそ歌舞伎へ

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