歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「四月大歌舞伎」『絵本合法衢』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 片岡仁左衛門

大学之助と太平次、悪の違い

 ――『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』には、町人の太平次と武士の左枝大学之助という二人の悪人が登場し、どちらも仁左衛門さんが演じられます。2役の違いをお教えください。

 太平次はフットワークが軽く、悪知恵が働き、目的のためには平気で人を殺します。それでいて、どこか愛嬌があります。太平次は、おりよ、お松、お道、お米、孫七を手にかけます。「倉狩峠一つ家」で、首筋の蚊を叩きつぶしますが、彼にとっては、蚊を殺すのも、人を殺すのも一緒。

 鶴屋南北の描いた町人の悪人でも『於染久松浮名読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』の鬼門の喜兵衛は、どんとしていて物事に動じないし、『霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)』の八郎兵衛は、太平次ほど機転はききませんが、女に惚れ、そのために努力もします。おそらく太平次は本当に女性に惚れたことがないでしょう。お道と夫婦になったのも便宜上で、太平次に惚れ込んだお松も利用したあげくに殺してしまいます。

 大学之助も冷酷無比ですが、大名の子で権力を持っています。南北作品に登場する悪人でも『霊験亀山鉾』の藤田水右衛門は浪人者。大学之助のほうがスケールが大きいです。

通し狂言『絵本合法衢』(えほんがっぽうがつじ)

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撮影:篠山紀信

 近江国の多賀城で、多賀家の重宝霊亀の香炉を手に入れた分家当主、左枝大学之助。領内の鷹狩で田代屋の養女お亀に目をつけましたが、お亀は多賀家家老高橋瀬左衛門の末弟、与兵衛の許嫁で、二人は瀬左衛門から盗まれた香炉の詮議を頼まれます。自分の鷹を死なせたといきり立つ大学之助は、瀬左衛門から命とともに御家の重宝、菅家の一軸をも奪います。
 一方、四条河原では大学之助の家来、多九郎が田代屋に質入れしてしまった香炉を取り戻そうとしていました。話を聞いた太平次は、自分に惚れているうんざりお松と田代屋へ乗り込み、香炉を強請り取ろうとしますが、後家のおりよが与兵衛とお亀に香炉を託して勘当。太平次はおりよを殺して金を奪い、お松も手にかけました。
 大和国の倉狩峠に旅人の休み処、立場を営んでいる太平次のところに、お亀と病いに苦しむ与兵衛が現れ、香炉をねらう太平次は邪魔だてする者を次々と手にかけます。
 瀬左衛門の弟で合法と名を変えている高橋弥十郎は、与兵衛を弟とは知らぬまま匿まっていましたが、留守の間に現れた大学之助に、与兵衛はなすすべなく香炉を奪い取られてしまいました。弥十郎は事情を聞くうち互いの素性も知れ、妻の皐月とともに、父と兄弟の敵討ちに向かいました。

 ――殺しの場面も工夫を重ねられたのではないでしょうか。

 大学之助は武道を心得た刀のさばき方をしますが、武道の心得のない太平次は、刀を振り回すだけ。一太刀浴びせるのでも、そうした違いがあります。

 残虐な場面も、そう思われないで楽しんでご覧いただけるように演じなければなりません。

善人よりも演じて楽しい悪人

 ――3月の歌舞伎座で演じられた鬼門の喜兵衛、『霊験亀山鉾』の水右衛門と八郎兵衛など、南北の悪役を演じられることが多いですね。

 善人より悪人を演じるほうが楽しいです。普段できないことをできる面白さがあります。残酷なことは嫌だけれど、そうした場面を垣間見たい、人間にはそんな要素が大昔からあったと思います。江戸時代は罪人を公開で処刑するのに、見物人が詰めかけていました。ボクシングでも、みんなKOを見たいでしょう。人が殴られているのに、リングの上のことだとエキサイティングしてしまうでしょ。

 殺し場も舞台だから平気なのでしょう。たとえば、殺しの場で女役が手負いになって海老反りになると、お客様が拍手してくださいます。苦しんでいる演技ですのにね(笑)

 ――悪人の役はどうやってつくられるのですか。

 つくるのではなく、役の気持ちになるのです。役をしっかりつかまえれば、自然にその人物になれます。私の場合、それぞれの役を分析して説明できるのも、自分が演じた役をあとで俯瞰して気付く場合が多いですね。

ようこそ歌舞伎へ

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