歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



京都四條南座「當る亥歳 吉例顔見世興行」『雁のたより』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村鴈治郎

気分よく勤めないとならない役

 ――『雁のたより』の三二五郎七をなさるのは4回目ですね。どんな気持ちでお勤めになられる役でしょうか。

 型があるようで、ないものです。照れたらできません。役になりきって気分よく勤めないとならない役です。

 ――五郎七は有馬温泉の湯治場で働く髪結です。近くの宿に逗留する大名の若殿、前野左司馬は愛妾の司の気晴らしにと、三二五郎七を宿に呼び出します。挙句に五郎七は左司馬と家臣たちに手ひどい目にあわされます。

 五郎七がどうこうするというより、周りが雰囲気を出してくれないとどうしようもありません。ここでは、若殿がうまく突っ込んでくれないとできません。若殿左司馬を父(藤十郎)の五郎七で勤めたことがありますが(平成18年12月南座、平成26年6月博多座)、いろいろなつくり方ができる、面白い役です。

 ――五郎七は左司馬の企みにはめられ、愛妾司の偽手紙を本物と思い込み、髪結床で、浮かれて手紙で頬かむりにして踊り出します。

 司が自分に気があるんじゃないかと思い込みます。『廓文章』の座敷に通されてからの伊左衛門もそうですが、一人で勝手にグジグジと言っているわけです。司の手紙を持っての喜びの振りは、父の演技を基本にしながら、ちょっと変えています。二枚目半です。東京の粋な役は絶対にこういうことをしないでしょう。あまり意識はしていませんが、「丸く丸く」と言われますね。

『雁のたより』(かりのたより)

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平成24年9月大阪松竹座(C)松竹株式会社

 新町から請け出した司と連れ立って、有馬温泉へ湯治にきた若殿左司馬。司の機嫌をとるため、裏の髪結の三二五郎七を呼んで酒の相手をさせました。司から心までは売らぬと言われ、頭に血が上った左司馬は、家老の治郎太夫にたしなめられて面白くありません。髪結に一杯食わせようと、家臣たちとはかりごとに取り掛かりました。
 一方、家に戻った五郎七が客の若旦那、金之助を帰したところに、中間が司からもらったという女扇を忘れていきます。扇を手に先ほどの司の様子を思い返し、五郎七がにやついていると、花車のお玉が司の文を届けに来ました。殿が先に出発するので今宵会いたいとあり、五郎七は慌てて支度します。
 しかし、頬かむりで忍んできた五郎七を待ち構えていたのは左司馬たち。不義者、盗賊とののしられましたが、治郎太夫が現れて司やお玉を問いただし、真相が明らかになって一件落着。と、そのとき治郎太夫が突然、槍で突いて五郎七が甥の浅香与一郎春義だと見抜きました。そこへ司も許嫁と名のり出て、めでたく夫婦となった二人は、浅香家再興まで許されたのでした。

こんな芝居があるのか

 ――その前に、髪結床で常連客の若旦那の金之助とのやりとりがあります。

 『勧進帳』の弁慶を演じられた後で、大変で申し訳ないのですが、幸四郎さんが出てくださいます。若旦那とのやりとりは、決まりがなく、何をしゃべるのかは、その日にならないとわかりません。父も、金之助とのやりとりは、稽古の間は何もしゃべっていませんでした。公演が始まってからも、日々お客様の反応でも変わると思います。

 ――再び宿を訪れて、今度は治郎太夫との立廻りがあります。

 この五郎七は、元の侍に戻っているわけです。

 ――黒御簾音楽が「あれは成駒家の紋所、鴈治郎ささ、ささ鴈治郎ささー」と演奏し、唄うのが楽しいですね。

 それまで翫雀だったのが、襲名後、「鴈治郎ささ」と言われたときに(平成29年1月大阪松竹座)、ああ、こうなるんだと思いました。ただ、うちの紋の「イ菱」は、短くて唄いづらいらしいです。これがたとえば、「丸にイ菱」とかだったら言いやすかったんでしょうねぇ。

 五郎七の道具に全部、うちの紋が入っているでしょ。面白いですよね。父の舞台を初めて見たときに、こんな芝居があるのかと思いました。これ、いずれやるのかなあと。ハッピーエンドで、めでたしめでたしで終わる、短くてよくできた芝居です。

ようこそ歌舞伎へ

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