歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



京都四條南座「當る亥歳 吉例顔見世興行」『雁のたより』
鴈治郎さんのこと、お教えします

ようこそ歌舞伎へ 中村鴈治郎

語りつくせない南座の顔見世

 ――南座の新開場記念の「吉例顔見世興行」です。南座にはどんな思い出がおありでしょうか。

 初めて出演したのは19歳のときでしたか。まだ京都にお祖父さんの家があって泊めてもらっていました。劇場には料理屋さんの仕出しが出入りし、芝居の上演中にも、お客様が食事される汁物の香りが漂っていました。仕出しを運んでくる人は木戸銭御免でしたから、芝居を見ていて帰らないの。

 白塗りの芸妓さんも木戸銭御免。御座敷が終わってから見に来るんですよ。今はいれませんけれど、立ち見が許されている頃だから、白塗りした顔が浮き上がって舞台から見えました。誰かはわからないんですが、白い顔を見るとテンション上がりました(笑)。

 ――昔の京都の顔見世興行は終演時間が遅かったですね。

 午後11時ぐらいになるときもありましたよね。子どもの頃、冬休みになると、顔見世を見に来ていましたが、とにかく父や祖父(二世鴈治郎)の出番が遅かったのを覚えています。普通なら子どもは起きていない時間ですよ。初日は上演時間が延びて、特定狂言といって、狂言が預かりになる(上演しない)こともありました。『曽根崎心中』が最後のことが多かった気がしますね。

 ――昭和55(1980)年の顔見世では、『曽根崎心中』でお祖父様が病気になられ、代役で徳兵衛を勤められました。

 東京から呼び出され、急遽出演が決まり、そのまま祖父の楽屋に入りました。祖父の楽屋ですから、すごくいい楽屋で、居づらかった(笑)。(二世)松緑のおじさんが向かいの楽屋にいらっしゃる。…どうするんだよ、って思いました。

 ――待望の新開場です。

 鴈治郎になったときに、「鴈治郎」「藤十郎」と“まねき”が並んでいるのをしみじみと見た覚えがあります。今度も2カ月続けてまねきが上がるんですよね。本当に楽しみです。

成駒家!

中村鴈治郎さんをもっと知りたい!

四代目 中村鴈治郎(なかむら がんじろう)

生まれ 昭和34年2月6日、京都府生まれ。
家族 坂田藤十郎の長男。息子は中村壱太郎。弟は中村扇雀、中村虎之介は甥に当たる。
初舞台 昭和42年11月歌舞伎座『紅梅曾我』一萬丸、『心中天網島』娘お末で、中村智太郎を名のり初舞台。
襲名 平成7年1月中座『封印切』亀屋忠兵衛、『春興鏡獅子』小姓弥生後に獅子の精ほかで、五代目中村翫雀を襲名。同27年1月大阪松竹座『廓文章』藤屋伊左衛門、『封印切』亀屋忠兵衛で四代目中村鴈治郎を襲名。
受賞 平成18年度日本藝術院賞。同23年松尾芸能賞優秀賞ほか受賞多数。
この一年の舞台

平成29年

11月 「第十回 永楽館歌舞伎」(出石永楽館)
『仙石騒動』秋坂中務大輔/『弥栄出石賑』永楽館の座元
12月 「當る戌歳 吉例顔見世興行」(ロームシアター京都)
『義経千本桜』「渡海屋・大物浦」相模五郎/『良弁杉由来』良弁大僧正

平成30年

1月 「壽 初春大歌舞伎」(歌舞伎座)
『七福神』大黒天/『勧進帳』亀井六郎/『三人形』若衆
2月 「二月大歌舞伎」(歌舞伎座)
『暫』鹿島入道震斎/『熊谷陣屋』堤軍次/『壽三代歌舞伎賑』男伊達イ菱の鴈治郎
3月 「3月歌舞伎公演」(国立劇場)
『増補忠臣蔵』桃井若狭之助
4月 「柿葺落四月大歌舞伎」(御園座)
『寿曽我対面』曽我十郎/『勧進帳』源義経綱
6月 「六月博多座大歌舞伎」(博多座)
『伊達の十役』大江鬼貫/『俊寛』丹波少将成経
7月 「七月大歌舞伎」(大阪松竹座)
『車引』梅王丸/『女殺油地獄』豊嶋屋七左衛門
9月 「松竹大歌舞伎 近松座」(モスソビエト劇場、ボリショイドラマ劇場)
『傾城反魂香』浮世又平後に土佐又平光起/『吉野山』佐藤忠信実は源九郎狐
10月 「十月大歌舞伎」(大阪松竹座)
『神明恵和合取組』焚出し喜三郎/『雙生隅田川』大江匡房

ようこそ歌舞伎へ

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