歌舞伎いろは

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南座「當る亥歳 吉例顔見世興行」『義経千本桜』「木の実」「すし屋」
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 片岡仁左衛門

よくわかっていただけるように「木の実」から上演

 ――今回の上演も「すし屋」のみではなく、「木の実」からの上演ですね。

 私が2回目に演じたときから(平成15年7月大阪松竹座)、「木の実」をつけるようにしています。『河内山』にしても「質見世」を出さずに、いきなり松江侯の屋敷では、話がわかりづらくなります。『毛谷村』は2回しかやっていませんけれど、「杉坂墓所」を付けたのも同じことです。初めてご覧になるお客様にも、わかっていただけるようにと考えます。

 ――女房にじゃらつき、息子を慈しむ。権太が若葉の内侍と六代君、小金吾に言いがかりをつけて金をせしめる場面ですが、同時に権太と女房、小せん、息子の善太という家族との触れ合いも描かれます。

 「木の実」でアットホーム的なところを出しておくと、「すし屋」での権太の悲劇が際立ちます。ドラマの厚みが違ってきます。権太はやることはあくどいのですが、お客様にそうは感じさせない。ちょっと可愛いな、愛嬌があるなと思っていただきたい。もとは、釣瓶すし屋のぼんぼんですからね。

 ――小せんとなれ初めたのが「因果の始まり」というせりふがあります。

 あの辺りのせりふは、わかりやすいように変えました。権太が言うことをストレートにお客様にわかっていただけるようにし、「すし屋」も人形浄瑠璃を参考にして手を入れました。このテキストは私と、私が権太を教えた愛之助しかやっておりません。

 ――「木の実」に続くのが「小金吾討死」です。

 小金吾は父の主宰した「仁左衛門歌舞伎」の2回目に、19歳で勤めました(昭和38年7月文楽座)。天王寺屋の兄さん(五世富十郎)に教えていただいたんです。そのときは「北嵯峨庵室」から出たので、よけいに筋がわかりやすくてね。この役は健気な前髪で、命懸けで主人を守るいい役で、うれしかったです。今度は千之助が演じます。僕の初演よりは1歳若いです。

『義経千本桜』「木の実」「すし屋」

平成19年3月歌舞伎座(C)松竹株式会社

 下市村の茶店でひと休み、木の実拾いに興じる小金吾たち三人に声をかけた権太。言いがかりをつけ、まんまと20両をせしめた権太を、女房の小せんは言葉を尽くしてたしなめました。
 日も暮れた頃、小金吾は同道する維盛の御台所若葉の内侍とその子六代君をねらう追手を相手に、あえなく討死。その死骸につまずいたつるべすし屋の弥左衛門に、ふとある思案が浮かびました。
 一方、すし屋では権太が、母親を言いくるめて金を手にした途端、勘当した父の弥左衛門が帰ってきたので、慌てて鮓桶に金を隠して奥へ引っ込みます。弥左衛門は持ち帰った首を鮓桶に入れ、梶原平三景時の詮議が迫っているからと、匿っていた維盛と、内侍、六代君を逃がしました。それを見た権太があとを追います。そして、厳しい詮議に弥左衛門が鮓桶から首を出そうとした瞬間、内侍と六代君に縄をかけ、維盛の首を持って権太が現れました。憎しみのあまり息子に刀を突き刺した弥左衛門に、権太は先ほど首にして突き出したはずの維盛親子三人を一文笛で呼び戻します。実は、権太のために身替りになると言い出した小せんと倅の善太郎を、泣く泣く引き渡したのだと明かした権太。ようやく親と心を通わせた権太に、涙の別れが訪れました。

権太の気持ちをわかってもらうために

 ――「すし屋」では、権太は母のお米に金の無心をします。

 おっかさんが可愛がるのも無理ないな、と思わせるところがないとね。(『恋飛脚大和往来』の)「新口村」にも、「盗みする子は憎のうて、縄掛ける人がうらめしい」という孫右衛門のせりふがありますが、親というのは、そんなもの。この頃は、残念ながらそうでない親の記事が新聞なんかに随分出ているけれど、考えられないですよね。

 ――権太は母からもらった金を鮓桶に隠します。

 金をせしめて出て行こうとしたら、おとっつぁんが帰ってくる。あのくだりが東京の型は長いので、人形浄瑠璃の本文に戻し、ちょっと文章も入れ替え、母親とやりとりしている間におとっつぁんが帰ってくるようにしました。

 ――続いて若葉の内侍、六代君の身替りになった妻子である小せん、善太との別れがあります。

 梶原に連れられていくのが権太の妻子であると、底を割ってしまう大阪のやり方と、お客様も騙してどんでん返しを楽しんでもらう東京型のやり方があります。私は大阪型の、最初から権太の気持ちをわかってもらうやり方です。

 後で理由がわかるよりは、わかっていていただいたほうが、お客様が芝居の進行と同時にドラマに入っていきやすいと思うので。今のお客様には、特にそう思います。

ようこそ歌舞伎へ

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