役柄の性根を物語る文様

 歌舞伎の衣裳は基本的には劇の内容や演出を助けるものです。さらに、散りばめられた文様には“役柄の描写”を現す役割も託されています。
 貴族、武士の階級、町娘と田舎娘など、衣裳は登場人物の身分やそのバックグラウンドを雄弁に語ります。また糸を引き抜いて衣裳を変える「引き抜き」や、衣裳の変化で隠していた本性や身分を明らかにする演出も考案されました。

 『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』の「浜松屋店先の場」で、呉服屋の店先で女装の盗賊・弁天小僧が籠目と菊文様の黒縮緬(くろちりめん)を脱ぎ、桜の刺青をはだけて居直りの口上を述べる場面はまさに女から男へ、商家の娘から盗賊へ、正体の露見が衣裳を脱ぐことで示されます。

 「稲瀬川勢揃の場」は5人の盗賊が生い立ちから悪に手を染める経緯を語ります。七五調の流麗な台詞で語られる内容は、それぞれが纏う着物の図案に読み取れます。

 日本駄右衛門の衣裳に描かれるのは14歳で親にはぐれ「身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き」の生活を続けてきたことを象徴する白浪の裾模様。肩に描かれた方位磁石は代表的な江戸時代の旅人の道具です。掛川から金谷、江戸と宿々を転々としながら義賊として流浪してきた彼の人生を物語っているのでしょう。

 「さてその次は江ノ島の 岩本院の稚児あがり」という弁天小僧菊之助の衣裳左肩には白蛇の姿が描かれています。現在も水の神、財運の神として信仰される江ノ島神社。そこに祀られている弁財天は白蛇との関係が深いとされているのにかけたのでしょうか。衣裳全体には彼の名前でもある菊の花が散りばめられています。

 弁天小僧菊之助の次に控える忠信利平の着物には大迫力の雲模様があしらわれています。今までに「盗んだる金が御獄の罪科は 蹴抜の塔の二重三重 重なる悪事に高飛びなし」と、重ねた悪行は塔の高さどころか山の高さを遥かに超え雲にまで達するほどという台詞に由来します。雲の合間から覗くのは暴れ回る龍の姿で、忠信利平の姿に見立てられています。

 赤星十三郎の衣裳に散りばめられた花は「以前は武家の中小姓」だった品格と「今牛若と名も高く」という美貌を際立たせているように見えます。主が没落し盗賊に身をやつしながらとうとう追いつめられ「今日ぞ命の明け方に 消ゆる間近き星月夜」という心境が肩と裾に大きく描かれた尾長鶏と災難を知らせると言い伝えられていた凶星の図柄に象徴されています。

 どんじりに控える南郷力丸は、磯風荒い浜育ちで夜舟に乗り込んでは盗みを重ねる手口を常習としてきた盗賊です。「浪にきらめく稲妻の 白刃で脅す人殺し 背負って立たれぬ罪科は その身に重き虎ケ石」犯してしまった罪を悔いながらも、盗みをしなければ生き抜くことができなかったその心象が稲妻の模様と雷獣の図柄として施されています。稲妻は荒んだ心を現し、雷獣はその荒んだ場所にしか生きるよすがを見いだせなかった南郷の姿です。

 着物の模様から彼の生涯に観客は想像を巡らせることができます。

 作者の河竹黙阿弥は、五人男の見立て絵に想を得てこの戯曲を書いたと言われています。「稲瀬川勢揃の場」で五人がずらりと並ぶ様子は、まるで五幅の絵が並ぶような仕掛けになっています。ひとりひとりが台詞を渡していくのとともに、絵が次々と連なってゆくような効果が見事です。登場人物の生きざまを語る文様のスペクタクルとでも言いたくなる歌舞伎の醍醐味です。


『青砥稿花紅彩画』五人男の日本駄右衛門の衣裳


『青砥稿花紅彩画』五人男より
弁天小僧菊之助の衣裳


『青砥稿花紅彩画』五人男より
忠信利平の衣裳


『青砥稿花紅彩画』五人男より
赤星十三郎の衣裳


『青砥稿花紅彩画』五人男より
南郷力丸の衣裳



歌舞伎文様考

バックナンバー