『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』2005年4月歌舞伎座

文様と生命感が重なり合って生まれる力

伊藤俊治

 江戸時代の町人 文化と歌舞伎の衣裳は密接に結び付いています。江戸の庶民たちは歌舞伎の豪華で美しい衣裳を見て憧れ、それを少しでも自分たちの生活に取り入れようとしました。人気役者の衣裳を真似た着物が江戸中で流行する要因もそこにあります。

 『助六由縁江戸桜』は吉原という当時の最新流行スポッ トを舞台にしています。吉原は遊郭というだけでなく、最先端のファッションや流行語、踊りや歌が繰り広げられる場所であり、江戸のアヴァンギャルドといえる「傾(かぶ)くもの」たちが闊歩するストリートでもありました。

 冒頭で紹介した花魁・揚巻と深い仲にある男伊達、助六は江戸の最先端スポット吉原を体現する人物だといえるでしょう。黒い着物に卵色の足袋、女物の赤い襦絆に紫の鉢巻きと原色を重ね着し、三ツ割丸頭で杏葉牡丹色差しの紋がついた紺の蛇の目傘を掲げる姿。その衣裳に身を包んだ俳優が花道を闊歩する様子は江戸の最新モードショーのようだったことでしょう。

 歌舞伎の衣裳には動く絵画のような趣きがあります。しかし庶民を惹き付けたのはその芸術性ばかりではなく、役者の「傾(かぶ)く精神」だったのではないでしょうか。美しい衣裳を纏った役者が舞台でべらんめえ調の啖呵を切る様は江戸文化の粋であり、見る者の心を鷲掴みにします。衣裳という平面的な文様の重なり合いの間から、生きた血や気のようなものがほとばしる様に人は感動し憧れたのでしょう。

 衣裳によって型をつくり、役者が纏うことで型を破ってゆく。その連鎖が歌舞伎の面白さのひとつだと感じます。

「助六 揚巻の助六・髭の意休」
一陽斎豊国(嘉永5年)
国立国会図書館蔵(禁無断転載)


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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