『寸松庵伝来花壇瓦』(株)INAXライブミュージアム蔵

一枚のタイルの物語『寸松庵伝来花壇瓦』

 古くはエジプト、メソポタミアの建造物にもその存在が確認されている文様。  人類が歩んで来た長い歴史の中で、文様はそれ自体が生命を持つがごとく、長く茎葉を伸ばし世界中に広がってきました。その文様の歴史に欠かせないのがタイルを中心とした陶板です。

 INAXのタイル博物館に所蔵されている貴重な作品の中から、今回ご紹介するのは、『寸松庵伝来花壇瓦』です。

 タイルという言葉がイギリスから日本に伝わったのは明治時代です。しかしそれより以前から日本では、陶磁器の瓦が寺社や城郭の建物の屋根に使われていました。それだけではありません。床に施される「敷瓦」、壁に使われる「腰瓦」と日本の寺社・城郭建築は陶磁器の瓦と足並みを揃えて発展してきました。今回、1枚のタイルとして紹介する瓦は、花壇の土留め用として作られた瓦です。その美しさに注目したのは江戸時代の茶人でした。そしてこの瓦は後に、茶道具として風炉の下に敷かれるようになったのです。

 銘につけられた「寸松庵」は、江戸時代初期に武人であり茶人であった佐久間将監が京都の大徳寺龍光院に設けた隠居寺です。建物は明治の廃藩置県の時に京都から東京の新宿御苑に移されました。美しい瓦は、花壇の土留めに使うために作られました。今から考えるととても贅沢なものです。

 ご覧の通り半分だけ緑釉が掛かり、花壇に埋まる下部分は土肌をそのまま残しています。この半分だけ緑釉が掛けられた様子に茶人は、自然の景色を見立てました。
 そうしてこの瓦は、鉄風炉の下に敷くための敷台として用いられるようになったようです。 一説によると、茶の世界ではこの瓦の緑色の釉薬に森の緑を、釉薬の無い部分に空を見いだしたと言われています。それはきっと、閉ざされた空間である茶室の中で森羅万象を想起させるものだったのでしょう。

 後に、緑釉を半分施した残りの部分に白い釉薬を施して鳥の絵を描き、意図的に森と空を表現している敷瓦も作られました。そちらは初めから茶道具としての使用を目的としたものです。ところが茶道具として作られた敷瓦よりも、花壇瓦として作られ無釉の最下部に倒れ防止の土手がついた敷瓦のほうが、最高級品として珍重されているそうです。

 この花壇瓦を土留め用として立てて使うとき、真上にくる部分には草花文様が彫られています。この文様が敷瓦として用いられた場合に側面の装飾となり、観賞用として茶道の世界にふさわしいと考えられたのかもしれません。
 日常生活の中にある瓦に、花鳥風月や森羅万象を見いだす日本人の美意識を教えてくれる1枚です。

文:愛知県常滑市INAX ライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男

写真協力・(株)伝統文化放送 監修・松竹衣裳(株)

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