江戸っ子が愛した文様に想いを馳せる

伊藤俊治

 飛鳥時代に大陸から伝えられた文様は当初、貴族階級が身分を表すために身につける贅沢品でした。江戸時代半ば、世の中が安定し町人文化が花開いた時代になると独特のモチーフを使った装飾文様が生まれました。今でも江戸小紋や手ぬぐいなどに見られる「瓢箪」や「銭型」「扇」といった町人が普段使っていた道具をモチーフとした文様、宝尽くしや鶴亀、松竹梅といった多種多様な文様が次々と考案されては新しもの好きな江戸の人々の心を掴みました。

 役者文様はこうした江戸の文様史のダイナミックな展開点において現れたデザインだと言えます。

 歌舞伎の世界において、文様はスターと観客を繋ぐ架け橋のような役割を果たしました。お気に入りの役者を象徴する文様を浴衣や着物、小物にあしらい、日々の生活の中に浸透させていったのです。文様は役者そのものであり、彼らの化身です。そしてその文様を身につけたり、愛でたりすることは何よりも庶民の楽しみであり慰めだったのでしょう。役者文様は現代で言えばさしずめキャラクターグッズのようなものだったのかもしれません。役者の化身である文様を持つことで、人々は憧れのスターをぐっと身近に引きつけ、自分たちがいかに彼らを贔屓にしているかを周りに誇示しようとしました。文様というメディアが徹底的に活用された興味深いケースが役者文様にあると思います。

全体に斧琴菊文様をあしらった『六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)』お梶の衣裳


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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