古来からの信仰をビジュアル化する文様

 今年の正月興行では市川海老蔵さんが通し狂言『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』を演じて大きな話題となりました。その中でも歌舞伎十八番の『鳴神』では文様が物語のダイナミックな展開の中で大きな効果を果たしています。

 洛中を追放され、その怨みを晴らそうと北山にある大滝に三千世界の龍神を封じ込めて都を旱魃に陥らせた鳴神上人。そこに雲の絶間姫(くものたえまのひめ)がやってきて、色香で上人から雨を降らせる行法の秘密を聞き出します。彼女が大滝にかけられた注連縄(しめなわ)を切ると、滝壺から龍が昇天し、雷が轟き雨が降り注ぎます。この場面の小道具の龍は、物語を劇的に展開させる「動く文様」ととることができます。雨を降らせるという祈りと記号が、動く文様の中に託されているのです。

 前回も触れましたが、龍は中国の代表的な文様として3000年以上の歴史を持ちます。特に漢の時代には天上界に属する静物として神獣的な性格が強まりました。中国では龍に階級制度のようなものがあり、上位から翼が火焔となり5つの爪を持つ龍、四本の足を持ち大洪水を起こす龍、翼を持ち気を吐いて蜃気楼を生む龍、水中に住み天に昇ることのできない龍、と別れています。後に怒りで姿を変えた鳴神上人のぶっかえりの衣裳に描かれる火焔は、怒りと荒ぶる魂を現すとともに、龍が持つ翼のモチーフとも重なるところに、様々な意味を持つ文様の多様性を感じることができます。

 怒り狂う鳴神上人の衣裳にはまた、雷や稲妻を曲折した直線で表した雷文が地文様として使われています。雷文は通常は右巻きと左巻きが対になる陰陽形であり、陰と陽の重なるところに雷が鳴り、雨が降るとされました。ここにも、荒事の根底に流れる、日本人の古来からの信仰が隠されているのです。歌舞伎荒事における文様は信仰というかたちのないものをビジュアルで観客に見せるという役割も持っていたのです。


上2点とも『雷神不動北山櫻』鳴神上人の衣裳白綸子地稲妻と火焔繍のブッ返り(松竹衣裳株式会社)


2008年1月新橋演舞場『雷神不動北山櫻』「北山岩屋の場」より。舞台中央に注連縄の掛かった滝つぼ


歌舞伎文様考

バックナンバー