荒ぶる魂を表現するための文様

 女方舞踊の最高峰とも言われる『京鹿子娘道成寺』。踊り手の技量、振りに託された細かい心情描写を引き立てるのが、主人公・白拍子花子が着る衣裳の文様です。
 満開の桜が描かれた舞台に主人公の白拍子花子が現れると、まず目を奪われるのは緋色に枝垂桜の豪華な大振袖です。実はこの白拍子の本性は、恋仲になった僧・安珍を追って来た清姫の亡霊。再興された鐘への奉納舞を許され、静かに踊り始める花子は、その後ガラリと風情を変えて娘心のさまざまを舞い始めます。
 見所のひとつは『引き抜き』などによって次々と代わってゆく衣裳と文様の艶やかさです。

 『引き抜き』は2枚の衣裳を重ねて着て、肩や袖の部分に荒縫いしてある糸を引いて一瞬にして衣裳を変える技法です。舞台衣裳の視覚効果を高めるとともに、物語の中の時間の転換、場所の転換を演出します。

 『京鹿子娘道成寺』では緋色の着物が引き抜かれると、浅葱色(あさぎいろ)の若い娘らしい着物が現れ、ゆったりとした踊りに変わります。
 ところがこの演目は、衣裳を引き抜いて踊りを変化させていくだけではありません。

 よく見ると先の衣裳と同じ枝垂桜の文様がそのまま後の衣裳にも残されているのが演出的な企てです。この後も、衣裳を変えて再び登場する主人公の衣裳は一貫して枝垂桜で彩られます。場の空気が変わっても同じ文様を引き継ぐことで1人の人物の心情変化がひきたつのです。


赤綸子雲霞枝垂桜繍振袖着付(あかりんずくもかすみしだれざくらぬいふりそできつけ)
※上、下衣裳5点とも『京鹿子娘道成寺』より


左:浅葱綸子(あさぎりんず)、右:藤色綸子(ふじいろりんず) ※柄は上の赤綸子と同じ

玉子色綸子枝垂桜幔幕火焔太鼓柄振袖襦袢(たまごいろりんずしだれざくらまんまくかえんだいこがらふりそでじゅばん)



歌舞伎文様考

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