力そのものの表出を示す聖なる文様

伊藤俊治

 歌舞伎舞踊を文様が物語る効果や視覚演出で観る時、注目したいのは袖や裾の捌きです。

 身振りによって動く衣裳部分は身振りによって生きているかのように見せる必要があります。特に女方の舞踊では裾の動きが、踊り手と観る者の間に感情を共有させる動きを象徴します。
 例えば『鷺娘』で悲しみや絶望を現す静寂の場面では、裾が一糸乱れずに回転する踊り手の身体とともに動きます。その静かな動きが、静寂というものを際立たせて伝えます。
 『京鹿子娘道成寺』では、恋しい男との日々を語りながら、袖と裾が独自の表情や感情を持っているかのように動きます。例えば、若々しい娘の描写では撥ねるように動き、悲しみの場面では大きな袖はだらりと垂れ、重々しい心情を表現しているかのようです。

 歌舞伎舞踊は今のように艶やかな衣裳を持っていたわけではなく、次第に袖が長くなり、裾が引くようになったと言われています。時代の流行などもあったようですが、まさに文様の発展とともに袖も裾も長くなっていったようにも思えます。
 衣裳と文様が絡まりあいながら、生きた文様が生まれる。ある意味で袖と裾は文様を展開させるためにあるといってもいいのかもしれません。

鷺の精 赤縮緬枝垂梅に鷺柄振袖着付(あかちりめんしだれうめにさぎがらふりそできつけ) 『鷺娘』より


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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