歌舞伎文様考
古来からの信仰をビジュアル化する文様
『京鹿子娘道成寺』の終盤、主人公は裾や袖をくねらせ妖艶に崩れながら、女の執心を募らせ、とうとう鐘へ飛込みます。そして鐘の上に現れるのは清姫の霊。鐘に巻き付くようによじらせたその身体を包むのは、蛇体を現す鱗文です。
形や大きさが同じ図形を規則正しく並べ、その文様の部分と地の色がそれぞれ入れ替わる文様を「入れ替わり文様」と呼びます。日本では三角文様を鱗文、四角を市松、六角を亀甲、八角を蜀江(しょっこう)と呼びますが、古代から鱗文は単なる装飾というより、呪術性の高い魔除けの役割を果たしてきました。
鱗文の歴史は古く、日本では弥生時代中期頃の土器にすでに見られます。「鋸歯文(きょしもん)」とも呼ばれるこの文様は特に死者を悪霊から守り、近親者を守護する願いを込めて埋葬品などに使われてきたのです。呪術的効果を持つとされる鏡にもこの鱗文は使われました。幽霊の描写で知られている、死者が額につけた白布の三角形。実はこれも鱗文と深い関係があります。死者を送り出す際、悪霊を退ける祈りを込めて三角の紙冠をつけて弔らったのがルーツです。
「鋸歯文」は近世に入り「鱗文(りんもん)」と呼ばれ、厄よけの文様として使われるようになりました。かつては女性の心に住む鬼を戒めるために鱗文の地紋を用いたり、色とりどりの配色の三角形を組み合わせデザインした小紋染めなども流行しました。
同時に鱗文は竜蛇信仰とも結び付き、海難徐けに竜蛇の刺青をして守護を願ったと言われています。日本では死者の霊は蛇の姿で現れると信じられていました。竜は蛇の大きくなったもので、その鱗は強い呪術性を持つものとされたのです。『京鹿子娘道成寺』では鱗文は蛇体となった女の本性や魔性を示す特別な文様として、また死者の霊を現すためにも使われていると考えることができます。そうした意味でこの歌舞伎舞踊の大曲は芸能が神事に連なっていた頃の名残りをまだその文様なかに濃厚に宿しているように思います。
鱗文(歌舞伎衣裳より)
左:市松、右:亀甲
左:蜀江、右:鋸歯
歌舞伎文様考
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