時代を超えて人の心を揺さぶる作品を作りたい

 ひびのこづえさんが初めて歌舞伎衣裳を手がけたのは2001年。シアターコクーンで上演されたコクーン歌舞伎第4弾の『三人吉三』でした。この時大きな挑戦だと言われたのが、「大川端の場」でのお嬢吉三の衣裳。
 従来の歌舞伎の舞台では黒に梅模様の振袖でお馴染み。それをひびのさんは真っ赤できらびやかな振袖に変えたのです。

ひびの 「昨年の再演ではお褒めの言葉もいただきましたが、初演の時は大変でした。あの場面でお嬢吉三が梅の柄の振袖を着るのは台詞や物語設定と深い関わりがあってのことですから、それを変えるのはどうかと」

伊藤 「敢えて変えたのは、どんな考えがあったからですか?」

ひびの 「お嬢吉三が女性の恰好をしているのは、暗がりで人を騙すためです。最大限に可愛らしく見せなければならないのに、真っ暗な往来に女の人が黒い着物で現れたら怖いんじゃないかと思ったんです」

伊藤 「リアルな心情や情景描写を優先したんですね」

ひびの 「私もドキドキしましたが、演じている俳優さん、演出家の串田さんもドキドキでした。幸い観客の方々が好意的に受け取ってくださって。ああ、こういう表現をしていっていいんだと背中を押されました」

伊藤 「歌舞伎の面白さは長い時間の中で継承してきた文様はもちろん、常に新しいものを取り込んで、新しい実験を重ねながら“生きている”ことなんですよね。今、衣裳を担当するのはやりがいのある仕事ですね」

ひびの 「本当に幸せな仕事です。歌舞伎は再演されますから自分の作った衣裳が丁寧に保存されて何度も観客の方に観ていただけるでしょ。日本ではそれ自体がまだ稀なんです。オペラと歌舞伎くらいじゃないでしょうか」

伊藤 「ひびのさんが歌舞伎と関わってきた中で、影響を受けた衣裳や文様はありますか?」

ひびの 「観るもの全てから影響を受けたいと思っていますが『これを作りたい!』と思ったのは『白浪五人男』です。古典をやってみたいです」

伊藤 「今だから古典ですが、江戸の最先端、まさにアヴァンギャルドですからね」

ひびの 「私たちが歌舞伎を観て“新しい”と感じるのは、歌舞伎が長い間繰り返されているからだと思うんです。元々の形があって、それが長い時の中でリニューアルされアレンジされてきたので、また時代が巡ると新しく感じる。リニューアルを繰り返した背景にはきっと様々な制約があったんでしょう。だからこそひねった文様やデザインが生まれたのだと思いますし、私もリニューアルを重ねながら新しいものを生み出す仕事ができたらいいなと思っています。たくさんの方の手を借りながら」

 文様は時代とともに変容し、過去から現在へと美意識や物語を繋ぐもの。
 歌舞伎衣裳に織り込まれた文様も時代とともに生まれ、その生命の蔓を次の時代へと伸ばし続けてきました。
 伝統を吸収しながら歌舞伎の本質に迫る作品を作りたいとおっしゃるひびのこづえさん。彼女が生み、伸ばしていく蔓はどのような美意識を描くのか。今後のご活躍が楽しみです。

2007年6月コクーン歌舞伎『三人吉三』の序幕、中村福助さんが演じるお嬢吉三は、赤い振袖を纏っていました。(写真協力:松竹写真部)

伝統的な歌舞伎の舞台で使われるお嬢吉三の衣裳、黒縮緬槍梅裾模様振袖着付


 
伊藤俊治  
 

ひびのこづえ KODUE HIBINO コスチューム・アーティスト
東京芸術大学美術学部デザイン科視覚伝達デザイン卒業。デビュー以来、広告、演劇、ダンス、バレエ、映画、テレビなど幅広い分野で活躍している。97年に作家名を内藤こづえよりひびのこづえに改める。現在NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」「からだであそぼ」のセット衣装を担当中の他、野田秀樹演出の歌舞伎「野田版 愛陀姫」衣装、映画「ゲゲゲの鬼太郎千年呪い歌」の衣装を担当。11/14〜12/25まで竹中工務店1FギャラリーA4にて個展開催。1月には野田秀樹作・演出の舞台「パイパー」の衣装担当予定。
公式ホームページ http://haction.co.jp/kodue/home.html

 

伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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