歌舞伎文様考

高野秀士さん (銀座1丁目にあるギャラリーINAX:GINZAで)
銀座INAXギャラリーから 「装飾する魂〜空間と時間を縦横無尽に繋ぐタイルの魅力〜」
現在に残る最古のタイルは、紀元前2650年頃に作られたエジプト・ジュセル王の階段ピラミッドの地下から発見されました。深い海底を思わせるブルーのタイル。その色は生命の象徴であり、王の再生や復活を願ったものだと考えられています。
INAXではこうした歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。古代の人々がタイルに託した意味、そして現代に受け継がれる美意識を高野秀士さんに紹介していただきました。

世界最古のタイルを復刻した「魂のための扉

クレイペグによって装飾された壁空間(復刻)

素焼きで復刻されたクレイペグ

イスラームのモスクや廟に見られるドーム天井(復刻)
※上クレイペグ以外の写真は3点とも愛知県常滑市INAXライブミュージアム内の『世界のタイル博物館』に展示されているものです。
高野 「ジュセル王のピラミッドより900年ほど遡った紀元前3500年頃、メソポタミア地域のウルクに建てられた宮殿を飾ったモザイクがありました」
ウルクの人々はタイルの前進とも言われるクレイペグで建築物の壁を美しく彩りました。クレイペグは円錐状の粘土を素焼きにしたもので、表面を彩色した釘のような焼き物です。これをひとつひとつ組み合わせて、土壁にモザイク模様を描きました。
高野 「この“連続する文様”に人は様々な意味を託してきました。代表的な建築物が、9世紀頃から作られたイスラームのモスクです。偶像崇拝を禁じたイスラム教では人々は蔓をどこまでも伸ばす植物文様に生命感を見い出し、特別な意匠として聖堂を飾りました。ここ銀座のギャラリーにもその意匠の一部が再現されています。ご覧の通り、一見複雑に見えるデザインはシンプルな幾何学模様の連続です」
生命のつながりを意味する幾何学文様に魅了されたのはイスラームの人々だけではありません。かのレオナルド・ダ・ヴィンチのノートには幾何学模様の研究が残されており、有名な絵画『モナ・リザ』の女性の胸元には細かい幾何学模様が描かれています。INAXライブミュージアムではダ・ヴィンチが実際に描いた幾何学模様を復刻した不思議なタイルを見ることができます。
高野 「タイルは信仰や芸術と結びつき発展しましたが、一番大きいのは私たちの生活との関わりです。17世紀のオランダでは商人たちの間で館の壁や暖炉をタイルで装飾するのがステイタスとされました。18世紀、イギリスで起こった産業革命によってタイルの大量生産が可能になると庶民の暮らしの中で装飾文化が花開きます」
宮殿の装飾、そして王が眠るピラミッドに込めた永遠の生命への祈り…そして私たちひとりひとりが持つ装飾の欲求へ。 タイルが織りなす文様は、人類の歴史と魂を巡る旅への誘い。そして内なる美意識を発見させてくれる鍵でもあるのです。
ご案内:株式会社INAX 経営戦略本部 デザイン統括部部長 高野秀士さん
撮影協力・INAX:GINZA、資料提供・愛知県常滑市INAXライブミュージアム
歌舞伎文様考
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