歌舞伎文様考
『義経千本桜』「川連法眼館」の狐忠信。安政3年(1856年)、三代目歌川豊国画。 2点とも早稲田大学演劇博物館所蔵。
無断転載禁 ©The TsubouchiMemorialMuseum,WasedaUniversity, All Rights Reserved.
『義経千本桜』と火焔文様
雨乞いのため父母を鼓にされた狐が親恋しさから佐藤忠信に化け、鼓を追いかけるという「義経千本桜」の源九郎狐の物語は、狐にゆかりの伏見稲荷が発端となり(「鳥居前」)、「川連法眼館」の場では本物の忠信と鉢合わせした狐忠信が本性を顕し早替りで狐になります。
火焔宝珠文様の衣裳から白い毛縫い姿の狐に変身した源九郎狐。舞台で演じる役者のこしらえは頭だけ人間で体は毛だらけ、しかも着物のように帯を片花に結び、片方を長くして尾をあらわし、元結の部分が狐の耳になっています。
狐手という独特の所作をしたり、狐言葉で話す演出は歌舞伎味に溢れ奇想天外ながらもしかし、見る人に狐の愛嬌や親を思う心情を伝えます。
親子の愛の深さに打たれた義経が鼓を狐に与えることにすると、狐は父母の鼓に頬擦りして喜びをあらわします。そして最後に鼓を賜った狐忠信が悪僧たちを化かし、狂喜しながら“宙乗り狐六方”という独特の引っ込みとなる演じ方もあります。宙を舞う白狐はまさに火玉そのものであり、火焔宝珠文様も闇に紛れ、余韻を残しながらの幕となります。この狂言はまさに狐火が主人公の演目といえるのかもしれません。
伊藤俊治
伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。
歌舞伎文様考
バックナンバー
-
第14回 火焔文様 〜内に秘めた荒ぶる魂
『助六由縁江戸桜』では傾城揚巻が豪華な打掛を脱ぐと、真っ赤な着物に金色の豪華な火焔太鼓があしらわれ観客の目を奪います。これも火焔文様がモチーフ。
-
第13回 『源氏物語』の世界を象徴する文様
今回は「源氏車」をとりあげます。 源氏物語の世界を象徴する文様に様々な意味を読み解くと、ますます舞台を観るのが楽しみになります。
-
第12回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(2)
前回に続き、話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第11回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(1)
話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第10回 和事衣裳の文様と色彩
今回は上方和事の衣裳に注目します。荒事の衣裳とはまた違った柔らかなデザイン。その文様は人の「こころ」を映す鏡でもあります。
-
第9回 歌舞伎舞踊—物語を文様から読み解く
今回は美しい衣裳の変容で魅せる「舞踊」に注目します。変化する衣裳、そこに描かれた文様のひとつひとつには、物語を際立たせる意味がありました。
-
第8回 荒事—荒ぶる魂を現す文様
今回は江戸歌舞伎を象徴する「荒事」に注目します。荒ぶる魂がほとばしる、そのルーツを文様や勇壮な衣裳に探します。
-
第7回 旅する「唐草模様」
数千年前に生まれ、大陸を通って日本にもたらされた唐草が、歌舞伎と出会ってどのように開花したのか。衣裳や大道具の中に悠久の時間が紡ぎ出すロマンを見つけます。
-
第6回 役者紋を纏う
俳優と観客とをつなぐ架け橋として、江戸時代には世界に類を見ない文様が生まれました。役者そのものをモチーフにした「役者紋」です。
-
第5回 絢爛な衣裳を彩る文様
日本人は、文様にうつろう四季のダイナミズムや自然と暮らす人間のドラマをも盛り込みました。今回は歌舞伎の衣裳を見ながら、文様に隠された発見をご紹介します。
-
第4回 “演技する”文様
十七代・長谷川勘兵衛さんを訪ねての対話から、文様に込められた役者と道具方との息の合った舞台創り、受け継がれる文様の美を紐解きます。
-
第3回 「大道具」役者と道具方との対話
武家屋敷や御殿にはたくさんの文様が散りばめられています。様々な文様は俳優と道具方の密な関係によって歌舞伎が創られてきたことを物語ります。
-
第2回 「劇場」芝居の歴史と気分を語る文様
歌舞伎を、そして劇場を文様で読み解く新趣向の知的探訪。本日は東銀座の歌舞伎座を訪れました。
-
第1回 「序章」歌舞伎は文様のデータベース
歌舞伎の衣裳や大道具、役者紋などから様々な文様をとりあげ、江戸が生んだ最先端デザインに注目。文様に秘められた物語を発掘します。