歌舞伎いろは

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なんといっても難しいのは俊寛の“出”

 『俊寛』は近松門左衛門作『平家女護島』の一段です。主人公は平家への謀反で島流しにされた僧の俊寛です。吉右衛門さんの養父、初代吉右衛門が得意とされ、人気狂言になりました。
 「実父の(初代松本)白鸚に教わりました。俊寛は僧侶ですが、陰謀に加担するほどの人ですから政治家的な面も強い。一方で都に残した妻や周囲の人への情も厚い。30代ですが、栄養状態も悪いから体力も落ちて老けて見える。でも若いので都に帰りたい、妻に会いたいという思いも強い。それが最後には自分を犠牲にして恋人たちを都に帰らせる。その心の移り変わりが短い間に描かれています」
 「近松の晩年に近い作です。だからこそ男女の恋ではなく、人間の心のひだを見せる物を書きたかったのではないでしょうか」


 俊寛の“出”について、初代はさまざまに工夫されたそうですね。
 「初代はいろいろなやり方を試みて、最終的に今のような下手(しもて)の岩陰から出てくる形に落ち着きました。足もよろよろで、出た瞬間に置かれている状況すべてを現さなければならない。可哀そう、哀れだなと思っていただけたらありがたい。加えて貴族の品も必要です。芝居は出と引っ込みが難しいと言いますが、難しい出の一つです」

そして俊寛は最後、“無”になる

『平家女護島 俊寛(へいけにょごのしま しゅんかん)』は、こんなお芝居

平成22年9月新橋演舞場(撮影:松竹株式会社)

鬼界ヶ島で流人生活を送っている俊寛僧都(吉右衛門)、丹波少将成経(歌昇)、平判官康頼(吉之助)。成経が島の海女千鳥(芝雀)と夫婦になったことを告げると、俊寛はひとさし舞って二人の門出を祝います。
そこへ赦免船がやって来ますが、上使の瀬尾太郎兼康(歌六)が読み上げる赦免状に俊寛の名がありません。落胆するところへもう一人の上使、丹左衛門尉基康(錦之助)が俊寛の赦免を告げ、晴れて3人は千鳥と共に乗船しようとします。ところが、瀬尾が千鳥の乗船を許さないため、千鳥は浜に残って嘆き悲しみます。俊寛は千鳥の乗船を瀬尾に請いますが、聞く耳を持たないので、俊寛は瀬尾の刀を奪ってこれを斬り捨てます。
千鳥を船に乗せ、再び罪人として島に残った俊寛は、遠ざかる赦免船に思いをはせながら見送るのでした。

 共に流人となった成経と康頼が登場し、成経と島の娘、千鳥との祝言が行われ、俊寛は祝福の舞を舞います。
 「都人(みやこびと)らしさが出ます。雅な世界で生きていた人がこうなった、と見ていただけたらありがたい。そこに赦免船らしきものが見えて大喜びする。喜び方を初代は少しオーバーに演出しています。後の悲劇を際立たせる効果もあるし、やっと迎えが来たら誰でも嬉しいでしょう」
 「ですが、赦免状に俊寛の名だけがない。最初は信じられず、瀬尾(せのお)が読み落としたのではと思う。絶望したところに丹左衛門が出てくる。喜んで千鳥を含めた4人で船に乗ろうとすると、瀬尾に止められる」


 赦免状に3人とあるのですから当然と言えば当然なわけですが…。
 「そうです。ですが、ここでは理屈を抜きに瀬尾に、嫌な奴だな、悪い奴だなと思わせるように芝居していただけると助かります」

 そして、俊寛は最愛の妻を殺されたことを知ります。
 「俊寛は妻の東屋が清盛の意に逆らい、死んだと聞かされてびっくりしているうちに、船内へ連れていかれる。東屋に会えるのを楽しみに耐えてきた、その思いが崩れてしまった。船の中で、千鳥の死の決意を聞き、千鳥の代わりに自分が島に残ろうと思って出てくる。ところが瀬尾は固い人間なので応じない。そこで瀬尾を切ってしまいます」

 赦免船は3人を乗せて去っていきます。
 「一人残されるのは死を意味する。都へ向かう船は、俊寛にとっての生への可能性です。それがどんどん遠ざかる。“思い切っても凡夫心”と浄瑠璃にありますが、自分が望んだことでも、心は揺れる。必死の思いで岩場を登り、船を見送ります。実父には、俊寛は最後に石みたいに、何もない“無”になると教わりました」

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