歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



もっともっと楽しんでいただくために


心のひだをすくい取ってお見せする

 舞台が開いてすぐの「もとよりもこの島は、鬼界ケ島と聞くなれば」という謡ガカリの浄瑠璃が、俊寛の小屋がぽつりと立つさびしげな光景を浮かび上がらせているように思います。
 「その義太夫が重要です。役者と息が合わないとダメです。俊寛が出の際に手に提げている海藻と、小屋の屋根にかかっている海藻の一部は本物を使います。客席まで磯の香が漂う効果を考えています」
 「実はもっと浜辺の雰囲気を出したいと思っているんです。各地に残る俊寛が住んだといわれる場所のほとんどは洞窟。浜辺なら波で流されてしまうでしょうから、芝居の嘘かもしれませんが、孤島で暮らす都の高貴な流罪人という雰囲気を、もっとお客様に感じていただくにはどうしたらいいかと考えております」


 都への思いが、俊寛の言葉の端々に出てきますね。
 「無人島でもないのに、何であそこまで落ち込むのかと考えたこともありました。でも、あの当時の貴族には、都以外は人の住むところにあらず、のような感覚があったのでしょう。華やかさの少ない芝居ですから、お客様が歌舞伎の美しさに重きを置いていた時代に、あまり上演したがらなかったのはわかる気がします」
 「ですが今は、人間のひだを描く、こういう作品も求められる時代になってきたのではないか。たとえば震災で、家に帰りたくても帰れない方がたくさんいらっしゃる。俊寛の哀しみも、おわかりいただけるのではないかと思います」


優れた工夫にあふれる芝居

京都初お目見得 秀山祭三月大歌舞伎

平成24年3月3日(土)~
27日(火)
公演情報

平成22年9月新橋演舞場
(撮影:松竹株式会社)



中村歌昇改め
三代目 中村又五郎襲名披露
中村種太郎改め
四代目 中村歌昇襲名披露


夜の部
平家女護島 俊寛』
(へいけにょごのしま しゅんかん)
俊寛僧都 吉右衛門
海女千鳥 芝 雀
丹波少将成経 種太郎改め
歌 昇
平判官康頼 吉之助
丹左衛門尉基康 錦之助
瀬尾太郎兼康 歌 六

 初代の演出の工夫をお教えください。
 「赦免船が着いて名前を読み上げるところで、俊寛はほかの3人を押しのけるようにして前に出ます。誰よりも先に自分の名を聞きたいという思いの現れです。後ろでうずくまっていて、呼ばれないときにだけ出て行ってもいいわけだけれど、仲がよいはずの3人を押しのけてしまう…。皮肉ですが、人間の率直な感情が出ていると思います」

 瀬尾に斬りつけるところで、播磨屋型は瀬尾の大刀ではなく小刀を使いますね。
 「大きい刀は重たいから体の衰弱した俊寛には振り回せない。瀬尾は先に俊寛に切られていますから、大刀を持っていてもひょろひょろです。お互いによろよろしながら立ち合います」

 船を見送る際に、纜(ともづな:船尾についている綱)を追いかけたり、寄せ来る浪を浪布を用いて見せたり。よくできていますね。
 「それまでは僧侶らしさを一切感じさせなかった俊寛ですが、3人を船に乗せるときに、自身は現世への望みはないので、“弘誓の船(ぐぜいのふね)”に乗るのだ、つまり死というものをもって救われるんだと、一種の悟りみたいなことを言う。それにもかかわらず、生への欲望があることが船を見送る姿に現れます。人間誰しもが持つ煩悩です」
 「煩悩がなければ、人間はわりと平和なんじゃないでしょうか。煩悩が戦いの元にもなる。それが深く描き込まれた作品だと思います」

ようこそ歌舞伎へ

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