歌舞伎いろは

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御覧いただきたいのはここ!


2度目の桜姫

 鶴屋南北作の『桜姫』、福助さんは平成17(2005)年6月に渋谷・コクーン歌舞伎で串田和美演出の桜姫をなさっているので、2度目になりますね。今回は昭和42(1967)年以来、上演のベースとなっている郡司正勝補綴の本に沿ったものです。
 「郡司先生の本では、発端の『江の島稚児ヶ淵』の場がクローズアップされます。僧の清玄と稚児白菊丸が心中しようとして、清玄だけが助かってしまう。桜姫は、その白菊丸の生まれ変わりです。別の俳優が二つの役を演じる場合もありますが、清玄は『新清水』で二人があまりにも似ていたから心を捉えられる…。今回は、私が桜姫と白菊丸の二役を勤めるので、そこがわかりやすいと思います」
 「また、清玄のような高僧にも人間的に弱い面がある、というところを突いているのがこの作品の眼目だと思います。自分だけ助かり、白菊丸が死んでしまったのが、清玄の悔いであり、後の桜姫への執着にもつながります」

変化していく桜姫

 「新清水」の桜姫は、時代物では赤姫と呼ばれる典型的なお姫様ですね。
 「おぼこなお姫様。それが清玄と権助に出会ってしまい、権助の腕にある釣鐘の入れ墨を見たとき、自分が一夜の契りを交わした男であると気づきます。『三囲(みめぐり)』からは、桜姫は転落していきます」
 「ここは、お姫様が赤ん坊を抱いている姿に、南北独特の美意識を感じますね。その清玄とはすれ違いで、会えそうで会えない。そこもうまく書けています。清玄もどんどん堕落していきます」


 桜姫の転落の過程はどんなふうに、演じられるのでしょう。
 「『岩淵庵室』で桜姫と権助は再会、桜姫は権助に遊女に売られるのですが、恋しい男と会えたのでちょっと幸せ気分です。悪い男の人に惹かれやすいお姫様なんでしょうか(笑)。ですが、それほど権助が魅力的だったんだろうと思います。この場での落ちぶれた清玄とのやりとりもおもしろい。ここに至ると、清玄はほとんどストーカーですよ。桜姫はこの場面では、もう肝が据わっていて、権助との愛を貫こうとします。芯の通った女の子ですね」

『桜姫東文章』は、こんなお芝居

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 長谷寺の僧清玄は、道ならぬ恋に落ちた稚児白菊丸と心中しようとしますが、死にきれずに生き残ってしまいます。その17年後。吉田家の息女桜姫が、父と弟を殺されたうえ御家の重宝まで奪われ、出家したいと寺へやってきます。高僧となっていた清玄が、その願いを聞き入れて念仏を唱え出すと、生来、開いたことのなかった桜姫の左手から香箱が落ち、清玄は桜姫が白菊丸の生まれ変わりと悟ります。
剃髪を待つ桜姫のもとに現れた釣鐘権助は、以前屋敷に忍び込み、桜姫に子まで産ませた男でした。恋しい権助との再会に出家の意志が薄れた桜姫は、自ら身を委ねますが、それが露見して不義者として捕えられます。さらに、不義の相手の罪をきせられた清玄も、寺から追い出されます。
桜姫の子を託された清玄は、弟子の残月と桜姫に仕えていた局長浦夫婦の住む庵室に身を寄せますが、二人に首を絞められてしまいます。清玄の始末を請け負った権助は、桜姫と偶然再会、夫婦となります。一方、落雷により蘇生した清玄は、桜姫と争ううち、出刃が喉を貫いてついに息絶えます。
人気女郎「風鈴お姫」となった桜姫でしたが、枕元に幽霊が出ると噂がたち、権助の元へ帰されてきます。そこに現れた清玄の幽霊から、思いもよらぬ話を聞かされた桜姫。仇討の相手を知った桜姫が、御家再興のために動きだします――。

品位を落とさずに演じる

 桜姫は遊女になりますが、枕元にいつも幽霊が座っているというので、客に怯えられて「権助住居」に戻ってきます。
 「ここでは、廓言葉と姫言葉がごっちゃになったせりふを言います。名せりふになっているから啖呵も切りやすいですし。お姫様にああいうせりふを言わせたらどうだろうという趣向だったんでしょう。それでもタイトルロールの桜姫です。品位は大切にしたい」
 「桜姫という女性には、満たされない何か、憂鬱みたいなものが感じられます。でも、この場面では、ひとときそういうものを忘れて権助との愛にひたっているのだと思います」


 桜姫以外の人たちも、数奇な運命をたどっています。
 「登場人物たちが、ちょっとした歯車の食い違いから、運命の糸にたぐられるように動いていき、非常に大きな力が作用し、みんなが磁石のように吸いつけられている。そして、全員が最終的には自分の本能で生きてしまう…。人間の性(さが)を感じますね」
 「この『桜姫東文章』という作品は、前世からの清玄と桜姫の因縁をうまく使ってできた物語であると同時に、お家騒動物でもあり、梅若伝説を扱った“隅田川物”でもある、と言えますね」


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