歌舞伎いろは

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歌舞伎座 「壽初春大歌舞伎」  『仮名手本忠臣蔵』「九段目」 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 坂田藤十郎

女方の大役を柿葺落興行で勤める喜び

 ──「壽初春大歌舞伎」で『仮名手本忠臣蔵』「九段目 山科閑居」の戸無瀬をなさいます。女方の大役です。どんなお気持ちで勤められますか。

 新開場翌月の5月の歌舞伎座では、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の政岡を勤めました。政岡も戸無瀬も赤い衣裳です。赤い衣裳は立女方の象徴のようなもの。若い頃は早く赤い衣裳を着られるようになりたいと思ったものです。柿葺落興行で2度も立女方の役ができるありがたさを感じております。

 ──戸無瀬は加古川本蔵の後添えで、娘の小浪を大星由良之助の嫡男である婚約者の力弥に嫁がせるために、はるばる山科までやってきます。

 歌舞伎座で11月、12月と2カ月続けて忠臣蔵が上演されましたが、「九段目」は出ていません。それだけ重い芝居です。その最初に登場するのが戸無瀬なので、責任を感じます。体全体から出てくる重さ、位取りを大切にします。雪のしんしんと降る中、小浪を乗せた駕籠に付き添い、下駄でゆっくりと歩いてくる。普通の花道の出よりも長く感じます。

『仮名手本忠臣蔵』「九段目」(かなでほんちゅうしんぐら くだんめ)

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平成24年3月新橋演舞場(C)松竹株式会社

 大星由良之助の嫡子、力弥のもとに嫁がせるため、娘の小浪を伴って山科にある由良之助の閑居を訪れた戸無瀬。桃井若狭之助の家老、加古川本蔵の後添えである戸無瀬は、塩冶家のお家断絶によって許嫁の約束も反故同然となっていたものの、なさぬ仲の小浪が力弥を恋い慕う姿を見てその恋心をかなえようと、雪道をやって来たのでした。しかし、由良之助の妻のお石は、かたくなに祝言を断り部屋を出ていきます。小浪は嘆き悲しみ、戸無瀬はこれでは夫への義理が立たないと、二人はともに死ぬ覚悟を決めます。
 二人の覚悟を知ってお石が再び現れ、祝言を許す代わりにと言って本蔵の首を所望します。虚無僧に身をやつして門口で様子をうかがっていた本蔵がそれを聞き、自らの首を進上すると言って中に入ってきました。由良之助と力弥のことをののしってお石を挑発した本蔵は、お石の槍を簡単にかわし、奥から飛び出してきた力弥の槍に突かれます。そこに現れた由良之助は、聟(むこ)の手にかかって本望だろうと、本蔵に語りかけました。本蔵は主君を守らんとした己の行動で、判官が難儀にあったと悔い嘆き、首を差し出す代わりに娘を添わせてほしいと懇願します。心打たれた由良之助は本蔵に真意を打明け、本蔵は聟引出として高家屋敷の絵図面を差し出します。由良之助は虚無僧の袈裟などを借り、いよいよ仇討ちに向けて出立するのでした。

戸無瀬の立ち身の型

 ──小浪とは義理の仲に設定されているのが作劇の妙だと思います。若いお母さんで小浪とも年齢はあまり違わないかもしれません。

 本には書いてありませんが、「私に任せてください」と本蔵に言って家を出て来たのではないでしょうか。加古川家全体のことを考え、嫁入りをどうしても成功させたい。本当のお母さんではありませんが、母である。そこが難しい。小浪に対する愛情と、加古川家と大星家を結ぶ大きな責任を担っています。

 戸無瀬は、小浪の結婚が実現できなかったら死ぬつもりでいます。責任感と母の愛が一緒になっています。由良之助の妻であるお石に嫁入りを断られ、小浪を切ろうとすると、実は本蔵である虚無僧が尺八で吹く「鶴の巣籠り」が聞こえてきます。「鳥類でも子のことを思うのに」と、子を手に掛けなければいけない因果を嘆きます。立ち身の型がついていますが、ここが大変なんですよ。

 ──本蔵が現れ、お石に悪口を投げかけて取りひしぎ、奥から出てきた力弥にわざと槍を腹に突きたてさせます。

 本蔵は大事のご主人です。そこからの戸無瀬の動きは少ないのですが、苦しみ、喜びを共にしていないと芝居が崩れてしまいます。そして本蔵、戸無瀬、小浪の3人はずっと舞台の真ん中におります。つまりは本蔵一家の芝居でもあります。最後には、虚無僧姿に身を変えて出立する由良之助に物を渡すところもあります。そこにも気持ちが入っていないといけません。最後まで気の張る役です。

ようこそ歌舞伎へ

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