歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



京都四條南座 「三月花形歌舞伎」  『素襖落』 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 尾上松緑

与一の物語、山はそれだけでは終わらない

 ――伯父御の家で姫御寮にお酒をふるまわれ、「那須与一扇の的」の物語を見せたり、姫御寮に賜った素襖を隠したり、太郎冠者には見せ場が多いですね。どこに留意して演じられるのでしょうか。

 太郎冠者は初役ですが、これまでに、いろいろな方の『素襖落』で次郎冠者、三郎吾を勤めてまいりました。とりわけて印象深いのは、中村富十郎のおじさんの太郎冠者です(平成12年12月国立劇場)。ほんわかとしたお狂言物の雰囲気と位取りがありました。今回は祖父(二世松緑)のときから側にいてくださる市川團蔵さんに教えていただきます。

 ――團蔵さんから具体的にどのようなお話があったか教えていただけますか。

 僕は与一の物語が一番大事だと思っていたのですが、團蔵さんに、この作品の眼目が、題名にもなっている「素襖落」にあることを忘れてはいけないと言われました。与一の物語が終わってから、もう一つ山がくる、そこを上機嫌にやらずに我に返ってしまうと、どんどん沈んでしまうから、そこが難しいとアドバイスをいただきました。大げさに言えば、一つの出し物に二つの話があるような感覚でしょうか。

(すおうおとし)

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(C)加藤 孝

 伊勢参りを思い立った大名は、伯父御を誘おうと、太郎冠者を使いに出します。そこで太郎冠者は大名の伯父の館に赴いたものの、あいにく本人は留守で、代わりに姫御寮が「多忙のため同行できないが気をつけて行ってくるように」との伝言があったことを告げます。
 それではと、大名のもとへ戻ろうとする太郎冠者でしたが、餞別として酒をふるまわれ、乞われるままに「那須与一扇の的」を語って、褒美として素襖をもらいます。しかし、これを大名に見せれば、巻き上げられてしまうと考えた太郎冠者は、素襖を隠して帰路につきます。
 一方の大名は、酩酊して帰ってきた太郎冠者を叱りますが、太郎冠者が落とした素襖を見つけてすべてを悟り、従者の次郎冠者と共に、素襖を捜す太郎冠者をからかい始めます。こうして、一つの素襖は取ったり取られたり、3人の手を次々と渡っていくのでした。

踊り込んで体に叩き込む

 ――お酒を飲んでからの酔態はどのようにつくっていかれるのでしょうか。

 『棒しばり』などで、酔った役を勤めてきた経験が生かせるのではと思います。このあたりから酔い出すというところに、あまりとらわれてはいけません。演劇は歌舞伎に限らず、すべて予定調和の中にありますが、それが見え過ぎてはいけない。ここで足がもつれるというのは、手順にはありますが、大体の目安はたてながらも、必要以上に意識をしないようにしています。

 本来、きちんとした舞踊として存在する「那須与一扇の的」を、あえて酔って見せる趣向も面白い。ほろ酔いだったのが、踊っているうちにだんだん酔いが体に回ってきて、どんどん足元がおぼつかなくなってくる。お狂言物の中でも最高難度といわれる由縁は、そのあたりにあるんでしょうね。

 ――酔ったときの足取りなどに口伝はありますか。

 もちろんあります。それを体の中に叩き込みながら、自然に見えるようにします。ここでよろける、ということではなく、流れの中で自然に出てくるところまで踊り込まないといけません。すべてが計算の上に成り立っているものです。手順や段取りはありますが、それに追われてしまうとお客様は手順を見にいらしたことになってしまいます。自分たちが楽しくやらないと、お客様には伝わらないと思います。

 ――公演の記者会見では「行儀よく、きっちりと」とおっしゃっていました。

 いくらでも受けるようにやることはできますが、質の悪いコントにはしたくない。上品な笑いでくすりと喜んでいただく。そこがお狂言物の難しさです。大爆笑を取ればいいものではありません。お客様へのサービスは大事ですが、いらないアドリブを入れたりするのは嫌いです。

ようこそ歌舞伎へ

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