歌舞伎いろは

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明治座 「明治座 五月花形歌舞伎」『伊達の十役』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 市川染五郎

やっと上演できる喜び

 ――『伊達の十役』は以前からなさりたかった演目とうかがいました。

 以前に上演しないかというお話をいただいたことがありましたが、猿翁のおじ様のお具合が悪くなられ、立ち消えになりました。その後、おじ様にお目にかかる度に、「やりなさい」と勧められていました。今回、やっと実現できることになり、感無量です。

 ――そこまで作品に惹かれる理由はなんでしょうか。

 新作の最高傑作だと思います。作品としてわかりやすいし、面白い。そのうえ、早替りの趣向も入っている。決して十役早替りだけの芝居ではありません。

仁木の宙乗りは最高の形

 ――仁木弾正、与右衛門、赤松満祐、頼兼、道哲、高尾太夫、累(かさね)、政岡、荒獅子男之助、細川勝元という十役をなさいます。それぞれのお役についてはいかがですか。

慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ) 三代猿之助四十八撰の内『伊達の十役』(だてのじゅうやく)

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撮影:永石勝

 足利家の重臣、仁木弾正は父の赤松満祐の亡霊から敵が足利家であると聞かされ、旧鼠の秘術の一巻を授かると足利家打倒を決意します。様子を見ていた足利家の忠臣、絹川与右衛門は弾正と争い、術を破る古鎌を手に入れます。その後、弾正は足利家後見役の大江図幸鬼貫と結託、足利当主の頼兼を傾城高尾太夫に入れ上げさせます。国家老渡辺外記左衛門親子が困惑するところへ与右衛門が弾正の素性を明かし、身請けの決まった高尾を手にかけ、怨霊の乗り移った高尾の妹であり我が妻でもある累を斬殺します。
 頼兼の放埓により跡目の鶴千代が命を狙われる身となり、乳人政岡は用心に用心を重ねて世話をしています。鬼貫一派と通じる管領山名持豊の妻、栄御前が病気見舞いに持参した菓子も、日頃の言い付けどおり政岡の実子、千松が毒見。もがき苦しむ千松を見ても顔色を変えない政岡の姿に、栄御前は千松こそ鶴千代と思い込み、同志の連判状を政岡に託します。一人になり号泣する政岡に斬りかかったのは弾正の妹、八汐。悪事の証拠となる連判状は鼠がくわえていきます。忠臣荒獅子男之助の隙をついて逃げるこの鼠こそ、妖術で姿を変えた仁木でした。
 外記左衛門はお家救済のため、鬼貫と弾正らの罪状を訴え出ますが、山名は取り合いません。そこへ現れた執権細川勝元のとりなしで、後日の評定が申し渡されます。裁断の日、与右衛門の届けた密書が証拠となり、鶴千代の家督相続も決まって喜ぶ外記でしたが、弾正の凶刃に倒れてしまいます。そして弾正は妖術を用いて最後の抵抗を見せますが、与右衛門が一命を投げうって妖術を破り、弾正もまた絶命します。こうして悪人たちはすべて滅び、泰平の世を迎えたことを、勝元や外記たちは喜びあうのでした。

 十人の役を一人で演じる。その十人が主要登場人物として成り立つお芝居はそうそうないと思います。歌舞伎でしか成立しないでしょう。それだけ歌舞伎の特徴が中に含まれています。

 最も重要なのは政岡で、政岡をできるかできないかが、このお芝居をする条件だとうかがったことがあります。過去にいろいろな女方を演じてまいりました。『鏡獅子』の弥生は別として、ほかの女方は、実はこの作品の上演を目標に勤めておりました。それをやっと口に出して言えるときが来ました。

 ――政岡のほかでは、高麗屋さんとして、仁木弾正についてもぜひお聞かせください。

 仁木弾正は五世幸四郎が得意とした、高麗屋(幸四郎家)の「家の芸」ともいえる役だと思います。今回も四ツ花菱の紋をつけた五世以来の衣裳ですね。『伊達の十役』では鼠に化けて連判状を奪った仁木は正体を現した後に通常なら花道を入るところを、宙乗りで花道の上を飛びます。

 仁木も累も勝元も政岡も、この作品用につくられています。何か手を加えたらすべてが狂います。自分の工夫を入れるくらいなら、新しい作品をつくったほうがいい。おじ様の演出どおりにいたします。でも仁木はやはり、この形なんだなと思いました。仁木の宙乗りは、宙乗りの中でも最高の形だと思います。

 ――ポスターには『伊達の十役』と『邯鄲枕物語(かんたんまくらものがたり)」の合わせて11役の染五郎さんのお写真があしらわれています。

 2日間で撮影しました。1日で7役を撮りましたが、疲れなかったです。よほど自分がやりたかったんだなと再確認しました。どれも自分だというのが不思議な気がします。どさくさに自分じゃない写真が入っていたりして(笑)。

ようこそ歌舞伎へ

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