歌舞伎いろは

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歌舞伎座 「十月大歌舞伎」  『伊勢音頭恋寝刃』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村勘九郎

じっと耐える貢の難しさ

 ――福岡貢は平成24(2012)年10月に、名古屋 御園座の襲名披露興行で初演されました。その際に感じられた作品の魅力、演じるうえでの難しさなどをお教えください。

 貢がいろいろな人の気持ちを受け止める役であることに、面白さを感じました。油屋を訪れたところで、お岸とのやりとりがあり、万野、料理人の喜助と会話し、お鹿が現れ、恋仲のお紺が出てくる。お紺を気にしながら、お鹿と話をし、万野がだましていたことを知って怒ります。そしてお紺の愛想尽かしになるわけです。

 ――貢は最初の場面では、自分から行動することがほとんどありません。受けに徹することの辛さも感じられたのではないでしょうか。

 確かにじっと耐えているのはきついです。貢は崩れ落ちたり、愛想尽かしでも強くお紺に何か言ったりということがありません。それが『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』の佐野次郎左衛門との大きな違いです。どちらも廓で好きな女性から愛想尽かしをされますが、次郎左衛門は、「花魁、そりゃあんまり袖なかろうぜ」という八ツ橋への意見があります。それに対して貢は耐えるだけです。

『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんどこいのねたば)

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平成24年10月御園座
(C)松竹株式会社

 阿波の国家老、今田家へ仕えていた福岡貢は、今は伊勢の御師。今田家の万次郎が取り戻そうとしている家宝、名刀青江下坂を見事手に入れた貢は、さっそく万次郎に渡そうと伊勢古市の廓、油屋を訪れます。万次郎は古市の遊女、お岸に入れあげてここに通っていたのです。

 刀を料理人の喜助に預けて万次郎を待っていると、貢を恋仲のお紺に会わせまいと、仲居の万野がお鹿を呼んできます。お鹿は貢に覚えのないことばかり言って責め立て、そこへやって来たお紺までが訳あって貢に愛想尽かしをする始末。万野に悪口雑言を並べ立てられ、満座で辱められた貢は、怒りをこらえながら刀を手に店を飛び出します。

 しかし、刀の鞘が違っていると気づいた貢は店へ引き返します。またもや万野と言い争ううち、貢が逆上して万野を打った鞘が割れ、万野から血が流れます。血に狂ったように刀を振り回す貢ですが…。

自然と貢の気持ちが変わっていく

 ――お紺の朋輩のお鹿は、貢に一方的に思いを寄せています。仲居の万野はそれを利用してお鹿を騙し、貢の名を騙って金をだまし取っています。気付いた貢は怒りますが、万野はのらりくらりと言い逃れます。

 最初はいったい、お鹿は何を言っているのだろうと貢は不審に思います。貢は人がよく、お鹿とも対等に話をしていた。それで恋心を持たれてしまう。貢に金を貸した、文をもらったとお鹿は言います。貢とお鹿だけのときはまだ大丈夫でしたが、そこに貢の最愛の女性であるお紺が現れる…。お紺の前でそんな話をされたら、貢は困ります。

 間に立ってお鹿に嘘をついた人間がいるに違いないと貢は思い、問いただすと、仲居の万野だとお鹿は言います。すると、お酒がないだの、お紺はお客があって駄目だのといった、万野とのやりとりが思い浮かびます。万野が自分にそんな態度を取ったことは、今までにもあった…。その万野の声と顏が浮かんできます。演じていても、ぞくっとする瞬間で、自然に貢の気持ちになれます。

 ――万野を斬ったことを最初に、貢は次々と人を手に掛け、「奥庭」の場になります。どんなお気持ちでお勤めになられていますか。

 万野を刀で打つうちに、鞘(さや)が割れて誤って斬ってしまう。そこからは、妖刀青江下坂に操られての殺しになります。派手にしないといけないですし、形として見せないといけません。そうでないと、ただの斬殺劇になってしまいますから。

ようこそ歌舞伎へ

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