歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



旧金毘羅大芝居(金丸座)「四国こんぴら歌舞伎大芝居」『芦屋道満大内鑑』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村時蔵

早替りに曲書き、2度目の挑戦

 ――『芦屋道満大内鏡(あしやどうまんおおうちかがみ)』の葛の葉は、平成25(2013)年7月の国立劇場「歌舞伎鑑賞教室」で初演され、今回が2度目ですね。

 初演では山城屋(坂田藤十郎)のおじ様に教えていただきました。以前におじ様の葛の葉で保名を勤めたことがあり(同13年10月御園座)、自分で演じるときは教えていただきたいと思っていました。

 ――どんなことを教わられましたか。

 葛の葉と葛の葉姫の早替りや曲書きを拝見していて、ここはどうしているのか、と不思議に思っていたことなどをうかがいました。舞台の後ろを駈けずりまわらないといけないケレンの芝居ですから、そういうところはきっちりとやりたい。もちろん、自分の経験上の工夫も取り入れています。

 いざやってみると、僕の考えていたほどには大変ではありませんでした。段取りがうまくできているんでしょうね。早替りのときも、周りのスタッフがしっかりしていますから、自分がガチャガチャ動くより、まかせたほうがいい。そのほうが周りもやりやすいんですよ。

『芦屋道満大内鑑』(あしやどうまんおおうちかがみ)「葛の葉」(くずのは)

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撮影:松竹写真室

 ここは安倍野にある安倍保名の家。信田庄司夫婦が保名に嫁がせようと娘の葛の葉姫を連れて訪ねてきます。家の中に声をかけると、窓から出てきた顔は娘と瓜二つ。庄司がびっくりしているところへ保名が帰ってきますが、振袖姿の葛の葉姫を見て今度は保名が驚きます。葛の葉と夫婦になり、子までなしながら挨拶に行かなかったので、庄司夫婦にからかわれていると思った保名は、詫びを入れます。しかし、機屋をのぞくとそこにも葛の葉が…。保名は詮議しようと家に入り、葛の葉と話を始めます。

 疲れた保名が寝入ったのを見て、奥で着替えを済ませた葛の葉は、我が子の童子に身の上を語り出します。実は自分は6年前、保名に助けられた狐。恩返しのため葛の葉姫の姿となって傷ついた保名を介抱するうち、愛着が生まれて夫婦になったものの、本物の姫がやって来たとあってはもはやこれまでと、夫にひと筆残して消え去ろうと決めます。様子をうかがっていた保名は、引き留めようとするのですが、葛の葉は童子を残して信田の森に消えていき…。

筆に加えた工夫

 ――「恋しくは たづね来てみよ 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉」と歌を書き残して葛の葉は去ります。口に筆をくわえたり、子どもを右手で抱えているため、左手で書いたりといった“曲書き”をします。義太夫の詞章に合わせ、子どもをあやしながらですから大変ですね。

 以前から書をご指導いただいている先生に、小道具さんにいただいた紙をお見せし、これを4枚使いますとお話し、お手本を書いていただきました。それからは毎日稽古いたしました。筆に墨を付けすぎると字が垂れてきてしまうし、少ないとかすれてしまう。筆もいろいろ試して、ころあいの太さを選びました。

 山城屋のおじ様が使われた筆には切れ目がつけてあって、山城屋のおば様(藤十郎夫人の扇千景氏)が「主人は筆のここに切れ目を入れ、くわえやすいようにしている」とご丁寧なお手紙まで添えてくださって、親切に教えてくださいました。小道具さんが持ってきてくれた筆は使わずに、おじ様の筆を参考にして切れ目を入れ、どうしたら自分の歯でしっかり止められるか考え工夫しました。

 ――書道は以前からなさっていたのですか?

 書は苦手でしたので、30歳ぐらいからお稽古を始めました。同時期に絵も稽古を始めました。役者のたしなみです。それで身を立てるわけではないですから、うまくなくてもいいのですが、道具の使い方を知っていることは大切ですし、舞台で役立つこともあります。芝居では本当には書いていなくても、ちゃんと書いているように見せなくてはいけないことがよくありますから。

 初演では、参考にいろいろな方の曲書きの写真を拝見しましたが、やっぱり成駒屋のおじ様(歌右衛門)はお上手でしたねえ。うちの祖父(三世中村時蔵)はあまりうまくない。これぐらいなら大丈夫かなと思いました。(笑)

ようこそ歌舞伎へ

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