歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



大阪松竹座「七月大歌舞伎」『御存鈴ヶ森』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村錦之助

思いもかけなかった長兵衛

 ――『鈴ヶ森』の幡随院長兵衛を初役で勤められます。相手の権八はお勤めになったことがありますが…。

 天王寺屋(五世中村富十郎)のお兄さんの長兵衛で権八を、平成13(2001)年6月の博多座で初演しました。そのときには手に負えず、今度演じるときには、どうするかをずっと考えておりました。

 平成24(2012)年2月に新橋演舞場で、播磨屋(吉右衛門)のお兄さんの長兵衛と(十八世)勘三郎さんの権八で『鈴ヶ森』が上演されたときは、私は雲助に出ておりました。勘三郎さんの権八のせりふ回しや暗闇の立廻りの仕方などを間近で拝見することができ、「よし今度やるときには取り入れて工夫しよう」と思っておりました。

 ――長兵衛は短い出演場面ながら、印象に残る役です。

 今回は長兵衛に配役されたので、驚きました。子どもの頃は長兵衛に憧れましたが、まさか演じることになるとは思ってもおりませんでしたし、舞台でも権八のほうばかり見てきました。長兵衛は天王寺屋、幸四郎、吉右衛門のお兄さん方がなさるような役です。今回も、得意とされる吉右衛門のお兄さんに教えていただきました。

『御存鈴ヶ森』(ごぞんじすずがもり)

 仕置場のある鈴ヶ森は、処刑された者を供養する石塔が建ち、夜には雲助たちがたむろする物騒な場所。そこへやって来た一人の飛脚は雲助たちに身ぐるみはがれ、こうなったからは仲間にしてくれと、持っていた状箱を差し出します。中の書状には、白井権八という男を差出したものには褒美が出るとあり、一人が思い当たる節があると言い出したので、皆で待ち伏せすることにしました。

 そこへ駕籠に乗った若衆がやってきました。若衆がお尋ね者の権八とわかったとたん、雲助たちはいっせいに襲いかかりますが、権八は次々に雲助を斬り捨てます。通りかかった駕籠かきは驚いて逃げ去りましたが、残った駕籠の中の男はじっと権八の様子を見ています。はたと気づいた権八がすぐ立ち去ろうとしたところに、男が声をかけました。男は、江戸で知らぬ者のない俠客、幡随院長兵衛。権八の身の上を聞いた長兵衛は、江戸で仕官を目指す権八の力になろうと約束し、権八も頼りに思って申し出を喜び、再会を約束して二人は別れます。

磨き上げたせりふを客席にお届けする

 ――どんな長兵衛になさろうとお考えですか。また、吉右衛門さんにはどんな教えを受けられましたか。

 お兄さんは自然に体が長兵衛になっていらっしゃるんです。ですから、お兄さんの長兵衛のイメージに少しでも近づけるように、江戸の男伊達に見えるようにしたい。大事なのは貫禄です。体の線が細くても、貫禄がある人はいます。そこをどうにか出したいと思います。

 お兄さんはせりふが素晴らしいんです。最初のせりふの「お若けえのお待ちなせえやし」からもう長兵衛になりきっておられます。意識して声を太くしよう、強くしようとすると武張って敵役みたいになってしまいます。お兄さんには「長兵衛は敵役じゃないんだよ。もっとどっしりとして力まないで」とご注意を受けました。ですが、力まないとなかなかできないんですよ。

 ――名せりふが散りばめられた芝居です。

 「阿波座烏は難波潟、藪鶯は京育ち…」のせりふも、20回ぐらいさらっていただきました。お兄さんはすんなりとおっしゃるのですが、それがなかなか言えません。

 リズム、間、音程。カラオケで歌の点数の出る機械があるでしょう。音程が少しでも違うと点数が下がる。あれです。音程にうまく乗り、自分なりの抑揚を付け、味を付ける。そうしないと名せりふも名せりふに聞こえません。私とお兄さん方との違いは、ほんのちょっとのせりふの延ばし方、音程の違いです。でも、それでお客様が納得されるのと、「なあんだ」と思われるのとの差が出てきます。

 ですから、歌舞伎は何回も先輩の芸を見て学ばなければいけない。そうして名せりふが残り、ここまで続いてきたんです。それをお客様にお届けしなければと思います。

ようこそ歌舞伎へ

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