歌舞伎いろは

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大阪・新歌舞伎座 三代猿之助四十八撰の内『新・水滸伝』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 市川右近

俊寛にも通じる林冲の心根

 ――2008(平成20)年10月ル テアトル銀座での初演以来、林冲(りんちゅう)を演じ続けられています。元は軍隊学校の教官を勤めた剣の達人ですが、冒頭では謀反の疑いを掛けられ、囚われの身となっています。

 自分のせいで妻が自害したと聞かされた林冲は、荒れて酒浸りになっています。そこには苦悩があるわけで、ただの飲んだくれに見えてはいけません。それなのに焦がれる妻は舞台に登場しません。

 以前に『俊寛』を勤めましたが、島流しにされた俊寛は、妻の東屋の死を知らされ、都へ帰らずに若い恋人たちの身替りに島に残る決心をします。指導を受けた師匠(猿翁)には、「一番大切なのは、『鬼界ヶ島』の場面には登場しない妻の東屋をどれだけ思っているかなんだよ」と教えられました。林冲にも共通する部分だと思います。

 ――絶望し、斜に構えていた林冲が、梁山泊の同志となるまでの心情の変化をどのように工夫していらっしゃいますか。

 梁山泊の仲間のお夜叉と王英が捕まえられたことを知った林冲は、彼らの身替りとして死んでもいいと思い、敵地に乗り込んで捕えられます。そこで再会したのが、自分を陥れた政府高官の高俅(こうきゅう)で、怒り心頭に発します。一方、梁山泊の人々は林冲が仲間の身替りになろうとしたことを知り、彼を見直して助けに来ます。

 林冲は教官時代の教え子であった彭玘(ほうき)が自分を庇って死んだことで、天に変わりて道を行うという意味の「替天行動」という、自身が理想として掲げていた言葉の大切さを改めて教えられるのです。

 ――林冲のせりふにも「天に替わりて道を行う我ら」とあります。

 実のところ、それでもまだ、思い悩んでいたのですが、梁山泊に身を寄せる食べ物にも困って盗みを働く幼い子たちを守るためには、自分も悪党になって戦うしかない、と悪政に立ち向かっていく決心をします。この初演ではなかった子どもをめぐる話が、再演で書き加えられたことで、筋立てがよりわかりやすく、気持ちも通るようになりました。

『新・水滸伝』(しん・すいこでん)

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平成25年8月大阪・新歌舞伎座
撮影:松竹株式会社

 12世紀の初めの北宋。梁山泊という小島に根城を構える博徒一家の総領、晁蓋(ちょうがい)が、悪人たちの毒を持って腐ったこの国を潰そうと、牢から救い出した悪人の一人が、天下一の悪党といわれる林冲(りんちゅう)でした。その林冲に弱みを握られている朝廷の大官、高俅(こうきゅう)は、執拗に林冲の命を狙っています。

 梁山泊では晁蓋の帰りを待つ林冲が、すでにふた月も酒浸りの日々を送っていました。故郷で妻の最期を聞き、生きる意味もないと嘆く林冲をよそに、高俅が罠を仕掛けた戦が始まります。対岸の独龍岡の祝彪(しゅくひょう)に朝廷軍がつき、劣勢を強いられる梁山泊側。そんな中、敵の女剣士、青華に惚れたとお夜叉に打ち明ける王英…。女親分の姫虎は、元軍人で兵学校の師範だった林冲に戦術指南を頼みますが、戦うだけ無駄と一笑に付されます。そのとき、かつての林冲の教え子で今は朝廷軍兵士の彭玘(ほうき)が、林冲の手になる「替天行道」の書を掲げ、師の心を取り戻そうとしますが、やはり林冲の心は変わりません。

 青華への思いをかなえようとした王英がお夜叉とともに敵に捕まり、二人の身柄と引き換えになるならと、懸賞金のかかった林冲は、ひとり祝彪の館に出向きます。待っていたのは高俅で、はなから二人を返す気もありません。それを聞いて怒ったのは晁蓋、そして青華。青華は牢を開け、晁蓋は姫虎のもと一つにまとまった梁山泊の仲間たちと、三人の救出へと向かいます。林冲は身を挺して救ってくれた彭玘に高俅を討つことを誓い、ついに林冲と高俅は対決の時を迎えますが…。

上演劇場に合わせた作品づくり

 ――『新・水滸伝』は猿翁さんの当り役を集めた「三代猿之助四十八撰」の中では一番新しい作品ですね。

 師匠が病気から演出で復帰された第一作です。初演は休憩なしの1時間45分でした。再演は2011(平成23)年6月の中日劇場。そのときから二幕仕立てになりました。芝居の中身を濃くしなければならないので、僕も演出補として作者の横内謙介さんと相談を重ねました。

 ――具体的にはどのような変更をされたのでしょうか。

 ル テアトル銀座は花道のない劇場でしたので、客席の通路を使って俳優が出入りするようにしましたが、中日劇場も本花道がないので、通路で立廻りをし、お客様を巻き込む形にいたしました。さらに、劇場からのご要望もあり、宙乗りを入れました。

 しかし、林冲という“生身の人間”が空を飛ぶわけです。妖術使いや魔物とは違います。何かに乗らなければいけない。そこで、日本の大凧ではなく、カイト的なムササビという乗り物を考えました。

ようこそ歌舞伎へ

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