歌舞伎いろは

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日本特殊陶業市民会館「錦秋名古屋 顔見世」『あんまと泥棒』『松浦の太鼓』 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村歌六

演技の引き出しをフルに開けて

 ――『あんまと泥棒』では、平成3(1991)年6月の歌舞伎座で、泥棒の権太郎をお勤めです。秀の市は中村嘉葎雄さんでした。もとは作家の村上元三さんがラジオドラマとして書かれ、市川八百蔵さん(八世市川中車)の座頭、三世市川段四郎さんの泥棒で昭和26(1951)年に放送されています。

 嘉葎雄の叔父と私が演じたときには、村上先生に、稽古に立ち会っていただきました。その前には(十七世中村)勘三郎のおじさんが秀の市、長谷川一夫先生が泥棒をなさいました(昭和45年3月歌舞伎座)。『あんまと泥棒』の前に長谷川先生が薫大将、勘三郎のおじさんが匂宮の『浮舟』(北條秀司作)があり、綺麗な役をなさっていたお二人が次の芝居で汚い格好で出てくる、という意外性にもお客様は喜ばれたのだと思います。

 ――秀の市は按摩ですが、金貸しを副業にし、小金を貯め込んでいます。泥棒に怯えていたのが、焼酎を飲むと説教をし出す。その変化が面白いですね。

 二人芝居。それこそキャッチボールのように進みます。叔父とも、今回の相手役、従弟の(中村)錦之助君とも、水より濃い血が流れていますので、「こうしたい」、「ああしたい」と遠慮なしに言い合えます。前回は叔父がリードしていてくれました。

 泥棒が入ってきて怖がっていた秀の市が、だんだん酔っ払って強気になり、したたかになっていく。経験から出た自分の演技の引き出しを、フルに開けてあちこちから引っ張ってくることになると思います。

『あんまと泥棒』(あんまとどろぼう)

 暗い夜道を一人のあんま、秀の市が、なにやらぶつぶつつぶやきながら歩いていきます。家に着いても誰もおらず、どうやら秀の市はあばら家に一人暮らしの様子。強飯を食べてさっさと寝てしまおうとするところ、ぎいっと板の間のきしむ音がします。「今晩は」と声をかけたのは泥棒の権太郎で、びっくりした秀の市、必死で命乞いを始めました。よくしゃべる野郎だなと権太郎もあきれるほどでしたが、金を貸してしこたま貯め込んでいると聞いて入った家、黙って帰るわけにはいきません。

 金のありかを白状しない秀の市に酒を出させて酌み交わすうち、権太郎は秀の市に聞かれるまま、自分の稼ぎや身の上話を始めます。やがて一番鶏が鳴き、しびれを切らした権太郎が押入れを探って出したものを見て、また秀の市がひとくさり話を始め…。

日本特殊陶業市民会館「錦秋名古屋 顔見世」

平成27年10月3日(土)~
25日(日)

『あんまと泥棒』あんまとどろぼう

あんま秀の市 中村 歌 六
泥棒権太郎 中村 錦之助

秀山十種の内『松浦の太鼓』まつうらのたいこ

松浦鎮信 中村 吉右衛門
大高源吾 中村 又五郎
近習 鵜飼左司馬 中村 歌 昇
同  江川文太夫 中村 種之助
同  渕部市右衛門 中村 吉之助
お縫 中村 米 吉
宝井其角 中村 歌 六

新歌舞伎のレパートリーとなるように

 ――演出を新派の大場正昭さんがなさいます。

 こういう新作は、客席からの視点が必要です。大場さんと相談しながら、錦之助君と私と三人でつくっていこうかと思います。

 ――眼のご不自由な役はこれまでに経験がおありですか。

 それが、記憶にないんですよ。死にそうになって目が見えなくなった役はありますが。『都鳥廓白浪(みやこどりながれのしらなみ)』で丑市という盲目の振りをしている按摩を演じたことがあるくらいです(平成22年11月新橋演舞場)。ですので今回は、動きなどをよく研究いたします。

 ――最近は初役の大役を演じられる機会が多いですね。

 ほとんど毎月初役です。9月の歌舞伎座公演も、八汐は「御殿」こそ『伊達の十役』で演じたことはあるものの(平成26年5月明治座)、「竹の間」は初めてでしたし、7月の大阪松竹座の『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』の2役も初めて。6月の歌舞伎座の『新薄雪物語』の正宗、5月の歌舞伎座の『摂州合邦辻』の合邦、初役でないものはないですよ。

 『あんまと泥棒』は私と叔父がやらせてもらい、その後は弟の(中村)又五郎が(中村)橋之助さんとやって、今年になって明治座で(市川)猿之助さんと(市川)中車さんがなさっています。そして、10月の錦之助君と私。村上先生の御作として新歌舞伎のレパートリーに残っていくようにしたい。責任を感じます。

ようこそ歌舞伎へ

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