歌舞伎いろは

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京都四條南座「吉例顔見世興行」『碁盤太平記』 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村扇雀

『忠臣蔵』「七段目」につながる内蔵助

 ――扇雀さんが勤められる大石内蔵助は、芸妓や仲居に送られ、駕籠に乗って花道から華やかに登場します。

 駕籠から出たときの色気が大切です。よろけてポンと駕籠に手をつきますが、初代鴈治郎の写真の形をまねています。内蔵助は本心を隠すために遊んでいます。役になって別の演技をする難しさがあります。

 ――妻や母とのやりとりはいかがでしょう。

 内蔵助にとっては、敵討ちがすべてに優先しています。幕切れで初代は花道を内蔵助が先に立って引っ込んでいましたが、4月に一度勤めてみて今回は、主税が先、内蔵助が後に入るように演出を変えます。そこは“初代さん、ごめんなさい”ですね。

 主税は母と祖母に未練を残していますが、内蔵助は妻にも母にも未練を断ち切っている。そこで初代は内蔵助が先に入るようにしたのだと思います。ですが、演出として非常に辛口なので、今回は母と妻との別れをお客様に見せようと考えました。

 ――岡平とはいかがでしょう。

 内蔵助は岡平の正体を吉良方の間者と知っていて、自分の遊興ぶりを、岡平を通じて吉良方に報告させようとしています。今回は時間の短縮もあって、せりふをカットして運びをよくしましたが、ことに工夫したのが岡平のせりふです。

 岡平は切腹した後に吉良の屋敷のことを内蔵助に詳しく教えます。なぜ敵の内蔵助に話す気になったのかといえば、内蔵助の主君を思い続けた侍としての崇高さ、心意気に打たれたからです。そこを明確にしました。

『碁盤太平記』(ごばんたいへいき)

 山科にある大石内蔵助の閑居で、内蔵助の嫡男、主税と医者の玄伯は夜通し碁を打っています。下僕の岡平が案内してきた旅僧の空念は、主税に密書を渡すと、内蔵助の乱行の噂を不安に思い、内蔵助への伝言を何度も念押しして大坂へ向かいました。そこへ帰ってきたのが、酩酊して足取りも覚束ない様子の内蔵助。

 主税に無理やり渡された空念の密書も破り捨てる内蔵助を見て、妻のりくはそのふがいなさに、あてつけの雑言を繰り出します。りくは国元で内蔵助は腰抜け武士だと言われ、母の千寿とともに都にやって来ていたのでした。千寿は夫の位牌で内蔵助を折檻し、りくを連れ帰ろうとしますが、内蔵助が夫をそしったりくに離縁を申し渡したので、呆れかえった千寿は内蔵助を勘当してしまいました。

 座敷がやっと静まった頃、玄伯が岡平を呼び出して一通の書状を渡します。無筆のはずの岡平が書状を読み始めたので、不審に思った主税は吉良の間者だろうと詰め寄ります。正体がばれた岡平が斬りかかるところ、主税は身をかわして岡平の脇腹を突き、とどめを刺そうとしたそのとき、現れたのは内蔵助でした。はやる主税を押しとどめんと語り出した内蔵助の本心からの言葉は、主税だけでなく岡平の心をも動かし…。

「玩辞楼十二曲」であることが大事

 ――初世鴈治郎の「玩辞楼十二曲(がんじろうじゅうにきょく)」に数えられる『碁盤太平記』を、40年ぶりに演じたのが4月の歌舞伎座でした。そのときの思いをお聞かせください。

 以前から十二曲全部をやりたいとお話をしていたところ、ではこれはどうかと上がってきたのが『碁盤太平記』でした。父(坂田藤十郎)も経験のない芝居なので、二代目の舞台録音と、初代の舞台を見て詳細な記録をとっていた中村松若さん(1906?1979)のノートを頼りに、ゼロからつくりました。

 「十二曲」であることが私にとっては一番大事でした。『藤十郎の恋』を四代目坂田藤十郎襲名披露公演(平成18年1月歌舞伎座)でさせていただく際に、改めて本をつくり、京都の顔見世(平成26年12月南座)で再演しました。そのときに曽祖父の『藤十郎の恋』に近づいたと思いました。それと同じパターンで『碁盤太平記』を残せることに意義を感じています。討入りと同じ12月に再演できるのもうれしいですね。

 ――上演に際してのお心構えなどがあればお教えください。

 上方歌舞伎は比較的、型にとらわれずに自由につくりますが、「玩辞楼十二曲」は初代の当たり演目として設定されているものなので、初代の演技を目標にするのが重要なポイントだと私は思います。初代は新作をたくさんつくり、工夫をした人です。ですので、初代ならこうしたのではと考えながらつくりました。

※「玩辞楼十二曲」 初世中村鴈治郎が得意とした古典、新作の当り役から選んだ、『河庄』『時雨の炬燵』『封印切』『廓文章』『引窓』『敵討襤褸錦(かたきうちつづれのにしき)』『あかね染』『恋の湖』『碁盤太平記』『土屋主税(つちやちから)』『椀久末松山』『藤十郎の恋』の12演目。

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