歌舞伎いろは

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大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」『桂川連理柵』「帯屋」 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村壱太郎

食ってかからず、後ろから突く

 ――長吉とお半の2役をなさいます。先に登場する丁稚の長吉は、お絹に頼まれて自分がお半の恋人だと口にします。儀兵衛とのやりとりなど滑稽味がたっぷりの役です。

 「永楽館歌舞伎」での初演(平成26年11月)の際に、笑わせようと思うと笑わせることができないんだと実感いたしました。映像で見た祖父(坂田藤十郎)の長吉が大好きです。何とも言えない足取りで、帯屋に入っていく際に、こける“間”がいいんです。お絹から合図をされ、音に合わせ、万事を呑みこんだという素振りをします。

 そこから得意げになりますが、そこまでは、ほんわかとしていないといけません。もちろん儀兵衛は長吉がお半の相手だとは、信じていませんから全部受け流しますが、長吉は儀兵衛に食ってかからずに、言ったことを逆に後ろから突くと言うか、わざと回り道をしてかわすような感じです。

 ――永楽館で長右衛門を勤められた片岡愛之助さんが、今回は儀兵衛をなさいます。

 愛之助のお兄さんに助けていただくことになるのではないでしょうか。前回は儀兵衛の(片岡)千次郎さんも僕も初役で緊張しておりましたので、せりふの間も決めていましたが、今度はもっと自然にできるのではないかと思います。

『桂川連理柵』「帯屋」(かつらがわれんりのしがらみ おびや)

 ある日のこと、京の呉服店「帯屋」の主人の長右衛門が、隠居した繁斎の後妻であるおとせとその連れ子の儀兵衛に、百両の金を出せと責められていました。百両は飛脚が長右衛門に渡したと言う為替の金なのですが、長右衛門が嘘をつくので追い打ちをかけるように、おとせ母子は別の為替も紛失しているととがめたてます。さらには、儀兵衛が長右衛門宛のお半の手紙まで取り出して、年の離れた二人の仲を騒ぎ立てる始末。というのも、お半は隣家の信濃屋の娘でまだ14歳、旅先で偶然にも長右衛門と同宿になり、ふとしたなりゆきから身重の体になっていたのでした。

 この騒ぎを収めようとしたのは長右衛門の女房お絹。手紙の相手は長右衛門ではなく、丁稚の長吉だと言い、呼び出された長吉はなおも責め続ける儀兵衛を言い負かします。しかし、長右衛門が言い返せないのをいいことに、おとせ母子がいっこうに静まらないので、ついに繁斎が二人を打ちのめし、ようやく事が収まりました。


 その夜、お絹は長右衛門に道理を説きながらも、どこまでも添い遂げたいと泣き伏しました。健気なお絹の心根に打たれた長右衛門は、百両の金の真相を話し、お半との過ちを打ち明けて詫びます。お絹はこのことはもう言わずにおこうと固めの盃の支度にかかり、疲れ果てた長右衛門が横になったところへ、忍んできたのはお半。お半は長右衛門から届いた手紙の返事を告げに来たのですが…。

(C)松竹株式会社

 ――お半はいかがでしょう。 

 永楽館の公演の後に、祖父と食事をする機会があり、この「帯屋」の話になりました。祖父には「長吉よりお半のほうが大切なんだ」と言われました。お半は登場する前に履いている下駄の音を響かせます。出てくるんだな、と思わせるわけです。そういうところが、とてもうまくできています。

 お半は書き置きを持ってくるくらいですから、死ぬ覚悟は決めています。14歳というあどけなさと、まっすぐな心。それが長右衛門の女房のお絹と対称的になっているのが面白いところです。

 お絹は、『時雨の炬燵(しぐれのこたつ)』のおさんにも共通して言えることですが、自分の思いを隠すというか胸のうちに秘めています。対して、長右衛門を好きだと言う思いを全部表に出しているのがお半です。どこかに死ぬ決意が出ていてもいいと思います。でも、あまり複雑にするとお半の純粋さがなくなってしまうのではと思います。

 ――可愛らしさの表現で気を使われる点はどこでしょう。

 まず格好が可愛いですからね。僕の場合は背が高くならないように気をつけています。長右衛門に「おじさん」と呼びかける第一声も大事です。腹帯をくわえて引っ込むあたりにも、少女の色気があります。色気を伴った可愛らしさが随所に散らばっている。そういったところも感じていただけるようにできたらと思います。

ようこそ歌舞伎へ

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