歌舞伎いろは

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大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」『桂川連理柵』 知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村壱太郎

「お客さんが入らないとわからないから」

 ――壱太郎さんの南座での初舞台(平成7年11月)が、『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』の「道行」の黒木売おかづでした。

 いろんなご縁がある狂言です。それが『桂川』の「道行」だったというのは、後で知りました。そのときの「帯屋」は、父(中村鴈治郎)がお半と長吉を勤めていますが、残念ながら記憶にはありません。僕が歌舞伎座で『手習子(てならいこ)』を踊った興行(平成12年2月)で、祖父が「帯屋」のお半と長吉を勤めていました。それから平成26年11月の出石永楽館まで『桂川』は上演されていません。

 僕は上演が途切れている芝居をやりたい、特に関西のものを、と思っておりまして「帯屋」もそのひとつでした。永楽館では愛之助のお兄さんのお蔭で夢がかないました。また、いつかどこかでできればいいなとは思っていましたが、大阪の大歌舞伎でできるとは、本当に夢のようです。

 ――永楽館公演ではどなたに教わられましたか。

 演じたかった役なので、芝居の流れもせりふも頭にはありました。まず成駒家古参の、曽祖父からのお弟子さんの(中村)寿治郎さんにせりふを見てもらい、僕が大阪にいる月でしたので、儀兵衛を演じる千次郎さんと日帰りで上京し、祖父に稽古を見てもらいました。祖父は稽古を止めず、長吉が終わっても何も言いません。そのまま続けてお半も見てもらいました。

 そして、すべて終わった後に「どうでしたか」と言ったら、「こういうのはお客さんが入らないとわからないから」と。僕たち何のために稽古に来たんだろうと思いました(笑)。「せりふの間はどうですか」と聞いたら、「間違ったことはしていないが、劇場の雰囲気やお客さんの雰囲気によって詰めたり、崩したりするものだから、今どうこうというものではない」と。

 大阪に戻り、(片岡)我當のおじさんが、愛之助のお兄さんの長右衛門のご指導と監修もなさっていたので、せりふの抜き差しもしてくださいました。

大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」

平成28年1月2日(土)~26日(火)

『桂川連理柵』かつらがわれんりのしがらみ
「帯屋」おびや

帯屋長右衛門 坂田 藤十郎
丁稚長吉/信濃屋娘お半 中村 壱太郎
義母おとせ 坂東 竹三郎
隠居繁斎 中村 寿治郎
弟儀兵衛 片岡 愛之助
長右衛門女房お絹 中村 扇 雀

劇場の空気感を大事にして演じたい

 ――前回は風情のある芝居小屋、今回は大阪松竹座です。

 演じてみて祖父の言葉を借りるようですが、本当にお客様が入らないとわからない芝居だと思いました。前回は舞台と客席が近い永楽館でしたので、反応が直接伝わり、何をやっても笑ってくださるので、お客様に助けられました。今回は大劇場です。より空気感と間とせりふを大事にしたいと思います。

 ――今回の公演では、どんなことをお考えですか。

 改めて祖父に見てもらおうと思います。共演する叔父(中村扇雀)も愛之助の兄さんも、(坂東)竹三郎さんも寿治郎さんもご助言くださる思うので、一人で走っていかないようにつくっていけたらと思います。

 僕はほとんどのお芝居の関西弁を寿治郎さんに見ていただいていますし、父やお弟子さん以外で初めて着付け、化粧を教えてくださったのが竹三郎さんでした。そのお二人に座っていただき、試験会場のような雰囲気もありますが、それよりも見守っていただけるのがうれしいです。

ようこそ歌舞伎へ

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