歌舞伎いろは

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歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」『刺青奇偶』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村七之助

半太郎に救われてお仲の人生が決まる

 ――お仲は初役です。半太郎と出会う序幕と所帯を構えてからの二幕目では、お仲は大きく変わります。まず、序幕はどんな女性として演じられますか。

 『刺青奇偶』は長谷川伸さんの作品のなかでも大好きな芝居です。悲しい恋ですが、お仲は半太郎という男に会って幸せでしたでしょう。序幕で、身投げしようとして半太郎に救われたときに、彼女の人生は決まります。失敗を重ねることで男を信じられなくなっているし、心を開かない。「男なんて」と思って生きていたのが、半太郎に会ってびっくりします。

 ――二幕目では、お仲は病身となっています。死に瀕したお仲のために半太郎は大勝負に出ます。

 出会った次の幕で、お仲が死にそうになっています。そこが長谷川さんの面白いところですよね。間の説明がないんですよ。今、こういう脚本はなかなか書けないのではないかと思います。ト書きが少ないし、間を埋めない。それで芝居になっているというところがミソです。演じる俳優も大変ですが、脚本の力があるからこそ成り立つのだと思います。

『刺青奇偶』(いれずみちょうはん)

 下総行徳の船場で、生まれ育った江戸に思いを馳せているのは博徒暮らしの半太郎。人が溺れているような水音がしたので引き揚げてみると、それは酌婦のお仲でした。借金を片にあちこち売り飛ばされた挙句の身投げでしたが、半太郎から金を渡されて驚くお仲。ひとり家へ戻った半太郎は、仕返ししようと待ちかまえていた地元の博徒、熊介を斬ってしまい、あとから追ってきたお仲とともに逃げ出しました。
 その後、二人は品川に所帯を持ちますが、博打で貧乏暮らしのうえ、お仲は床に伏しています。もうじき死ぬ女房の一生の願いだと、半太郎の腕にサイコロの刺青を入れるお仲に、半太郎は博打をやめると誓いました。賭場荒らしで打ち据えられた半太郎は、賭場の親分、鮫の政五郎に事情を問われ、この世で一番の女房の最期に、家を飾りたててもう博打はしないと安心させたいと答えます。政五郎はそのための金を出すから命を賭けろと、半太郎に最後の大勝負を迫りました。

お仲には生きていてほしい

 ――序幕と二幕目のお仲をどう演じ分けようと思われますか。

 ただ半太郎さんを愛せばいいんです。二人の絆が二幕目で描かれています。運命の人に出会うと人間は変わるんですよ。

 見舞いに来た隣家のおたけが、「あたしが男だったらうっちゃっておかないよ」と冗談を言うのに、お仲は「だって、あたしにゃ半さんて人がありますもの」と返します。本気で言っているんでしょう。心の底から半太郎という人間を愛している。そこには、言葉だけではなく体からにじみ出るものが必要です。自分は死ぬのだと悟ってはいるが、生きたいし、半太郎と人生を歩んでいきたいとずっと考えています。

 ――博打(ばくち)がやめられない半太郎を、お仲はどう思っているのでしょうか。

 半太郎は一本気で、女を食い物にしない珍しい人ですが、一つの傷が博打をやめられないこと。お仲が「博打をやめて」と半太郎に言わなかったのは、男に意見できない女だったからではありません。たぶん、半太郎が本当にだめな人間ではなくて、自分のことを愛してくれているし、いつかは気付いて博打をやめてくれると思っていたからでしょう。

 ――芝居ではお仲がその後どうなったかは描かれていません。政五郎との大勝負から半太郎が家へ帰ろうとするところで芝居は終わります。お仲はどうなったとお考えでしょうか。

 最後は悲しくならないほうがいいと思います。希望があるんです。お客様は、お仲がもういけないだろうと思っているでしょう。半太郎がお仲の元に帰ろうとするところで、皆さんに「生きていて欲しい」と思っていただけるような、お仲にしたいです。僕はどうか奇跡が起こって欲しいと思って見ていました。また、そう思えるように書かれています。

ようこそ歌舞伎へ

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