歌舞伎いろは

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歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」『奥州安達原』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村吉右衛門

一人の人物の二面を見せる

 ――『奥州安達原(袖萩祭文)』の貞任は初代以来の当り役です。公卿の桂中納言教氏に化けて、上使として環宮明御殿に入り込み、平傔仗直方(たいらのけんじょうなおかた)と袖萩が自害した後に姿を現します。

 貞任は桂中納言として奥から現れ、直方と袖萩の様子を見てから花道を入りかけ、その途中で陣鉦を耳にし、誰が打っているのだろうかと不思議に思い、「なにやつのしわざなるや」と言います。初代は「なにやつの」を武士らしく言い、「しわざなるや」でまた公卿に戻ったと聞いておりますので、私もそう演じております。

 あまりオーバーに公家になってもいけません。初代はそういうところがうまかったらしいですが、難しいところです。2役を変わるのではなく、同じ人物ですから、別人がいるようにはいたしません。

 ――義家に正体を見破られてから、貞任と娘のお君とのやりとりがあります。「恩愛の涙はらはら」の詞章のとおりに、親子に戻る場面です。

『奥州安達原』(おうしゅうあだちがはら)

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平成18年1月歌舞伎座(撮影:渡辺文雄)

 皇弟、環宮が不在の御殿に、幼子お君に手を引かれてやってきた盲目の袖萩。父の平傔仗直方の難儀を聞きつけて来たのですが、父は勘当した娘を追い出します。直方は行方知れずの環宮が今日中に見つからなければ、咎を負って腹を切るよう上使の桂中納言から言われていました。袖萩は親に背いてもうけた子に、声をかけてほしいと懇願しますが、妹の敷妙の嫁ぎ先に比べて姉のお前は下主下郎を夫に持ったと叱る直方。袖萩は夫は奥州の安倍貞任だと証拠の書状を見せると、なぜか直方は筆跡を確認しました。そこへ名のり出た宗任が、兄貞任の妻なら大望を邪魔する直方の首を討てと懐剣を渡します。二人がもめるところへ源義家が現れ、宗任を追い返します。
 直方は覚悟を決めて切腹、それとは知らず袖萩も懐剣で自害。中納言が二人を見届け去ろうとしたところ、義家が貞任と見破り詰め寄りました。貞任は名のりを挙げ、親の敵と義家に勝負を挑みます。宗任も戦支度をして現れますが、三人は勝負は戦場でと約束して別れるのでした。

 義家に見現された貞任は、「太刀に手をかけ詰めよれば」の浄瑠璃に合わせ、左手で太刀を抜いて放り、右手で持って詰め寄ります。こんな演出はあまり見たことがないでしょう。よく考えたものだと思います。

 お君には、滅びゆく安倍一族の哀れさが代表されているように感じます。貞任は刀を背に回して、お君に頬を摺り寄せます。その前には女房の袖萩との別れもあります。強い武将が泣く「大落とし」といわれる演出ですが、猛将の貞任が急に優しい人になるわけではありません。そこをうまく表現しないといけません。

「双つ玉」で演じることもある袖萩と貞任

 ――弟の宗任が戻り、貞任は赤旗を持って見得をします。

 貞任は懐から取り出した赤旗を客席に向けて振り出します。今の我々には考えられない奇抜な演出だと思います。体を全部を使って旗を扱わなければなりません。太刀を投げるのも、旗を振り出すのも、お客様を喜ばせるためのケレン的な演出です。

 皆さんがちょっと退屈したようなときに、はっと目が覚める演出で、そういうケレンは芝居のスパイスにもなります。宗任と二人でまた戦いに挑んでいこうというところで幕切れになります。

 ――以前は、貞任と袖萩の2役を演じられたこともおありですね。

 「双つ玉(ふたつだま)」といいまして、播磨屋では袖萩と貞任を変わるやり方をすることが多かったのですが、今回は貞任だけを一所懸命やらせていただき、袖萩は雀右衛門さんにお願いしております。2役ではございませんので、(双つ玉のときのように)吹き替えを使いませんから、袖萩と貞任の別れの場面もございます。

ようこそ歌舞伎へ

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