歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」『奥州安達原』
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村吉右衛門

盲目の袖萩、雪…、作劇のうまさが光る

 ――貞任の初演は、昭和60(1985)年の歌舞伎座、平成13(2001)年には国立劇場で貞任と袖萩の2役をなさいました。

 初代の舞台をよく知る、実父(初代松本白鸚)や母(初代吉右衛門の長女正子)に話を聞いておりましたし、中村屋のおじさん(十七世中村勘三郎)の舞台も拝見しておりましたので、初演ではそれを参考に勤めました。2役を勤めたときは、袖萩について書き込んだ初代の書抜(演じる役のせりふを抜き出した台本)も残っておりましたので、手がかりにいたしました。

 袖萩が盲目であることが一つの枷になっています。母が寒いのではないかと案じたお君が、自分の着物を脱いで母に着せる。ところが、目が不自由な袖萩は最初はわからない。泣かせる、実にうまい作劇です。そのうえ、雪の中ですからね。

 ――袖萩の妹の敷妙は安倍一族の敵である源義家に嫁いでいるという設定で、対比がうまく使われています。

 安倍氏は史実でも哀れな死に方をなさっています。その象徴として袖萩が死に、傔仗が死ぬ。哀れな人々の話ではないかなと思いますが、その根底には先住民と、朝廷に代表される中央から来た人々との対立があったのではないかと、私は考えております。そこを少しでもお客様に感じていただき、滅んでいく人々の悲しみが舞台に出ればいいなと思います。

歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」

平成29年11月1日(水)~25日(土)

『奥州安達原』
(おうしゅうあだちがはら)
環宮明御殿の場

安倍貞任 中村  吉右衛門
袖萩 中村  雀右衛門
安倍宗任 中村  又五郎
八幡太郎義家 中村  錦之助
平傔仗直方 中村  歌 六
浜夕 中村  東 蔵

平和だからこそ文化も熟す

 ――義太夫狂言には『義経千本桜』の碇知盛など、滅びの美学を扱った名作が数多くあります。

 江戸時代が平和だったからではないでしょうか。自分たちが幸せだからこそ、芝居に登場する人々を可哀想だと思う気持ちも芽生えてきます。自分たちが可哀想だったら、そんな芝居よりも、もっと向上するような生産的な芝居を好むのではと思います。とにかく平和がいいということですよね。平和ではないと芝居も楽しめないし、文化も円熟しませんよね。

 ――『奥州安達原』の四段目にあたる「一つ家」も上演を望んでおられるとうかがいました。貞任、宗任の母の岩手が登場する場面です。岩手は家に泊めた旅人を次々と手にかけ、金品を奪っています。

 中村屋のおじさん(十七世中村勘三郎)の岩手を拝見し、面白いと思いました。私のような長身でも岩手なら恐ろしさが出ていいのではないかと思いました。

 殺しの場面も、考えてみれば残酷なのですが、見ている分にはおかし味がある。中村屋のおじさんのお人柄かもしれませんが、愛嬌がありました。それでいて、すっくと立ち上がる場面は凄みもなくてはいけません。ただの冷酷な婆さんだけでは済まない芝居かなと思います。

ようこそ歌舞伎へ

バックナンバー