歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



御園座「吉例顔見世」『与話情浮名横櫛』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村梅玉

若旦那の品格を見せる「見染」

 ――与三郎は繰り返し演じていらっしゃる役です。今回は「木更津海岸見染」からの上演で、与三郎とお富の馴れ初めがよくわかります。

 時間的な制約がなければ絶対にやったほうがいい場面です。与三郎には若旦那の品格が必要です。お客様のほとんどは、あとの「源氏店」の与三郎のイメージがあるでしょう。この若旦那が、ああいう感じになるんだというつながりを持っていなければいけません。ただのボンボンではなく、養子である自分が身を引くことで、実子の弟に家督を継がせようとすることを含め、胸中にはいろいろな思いがあります。そこも踏まえて演じます。

 ――花道からの出はいかがでしょう。鳶頭の金五郎と二人で客席も歩きます。

 気を使います。江戸で馴染みの太鼓持ちとやりとりするところなどに、若旦那の雰囲気を残しておきます。あの時点では本当に若旦那のわけですから。客席を歩くところは、楽しいですよ。「金五郎ご覧よ、絵に描いたような松だ」というせりふがありますが、実際に絵に描いた松なので、お客様は喜ばれます。握手を求めてこられるお客様もいらっしゃいます。

 ――お富に見惚れ、着ていた羽織が肩からすべり落ち、裏返しに着てしまうのも若旦那らしさのある場面です。羽織落しにもコツがおありなんでしょうね。

 若い人にも随分与三郎を教えていますが、羽織落としも大事です。わざとらしく見えないようにします。お客様がお富を見ている間にある程度落としておく。いきなり落とすのは無理です。お富がいなくなり、お客様の目がこちらに来たときに、すーっと落せれば理想ですが、それがなかなかうまくいきません。ことさらに肩を落としたのではわざとらしいし、コツが必要です。

 しかし、誰もがいろんな工夫をし、自然に見えるようになさっているわけですから、難しいとは言っていられません。

『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)

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平成15年6月国立劇場(撮影:松竹株式会社演劇ライツ室)

 木更津へ浜見物にやって来たのは地元の顔役、赤間源左衛門の愛妾お富。放埓の末、親類に預けられている伊豆屋の若旦那与三郎は、すれ違いざまにその木更津きっての美人にひと目惚れしてしまいます。
 時は移り、所変わって源氏店。ここ3年ほど和泉屋多左衛門の囲われ者となっているお富の家へ、風体のよくない安五郎が現れ、傷を負った友達を湯治にやりたいので草鞋銭を頼みたいと言います。雨宿りに来ていた番頭の藤八とひと悶着、その様子をうかがっていた頬かむりの安五郎の連れこそ、この女が木更津でいい仲になったあのお富だと気づいた与三郎でした。自分は源左衛門に切りさいなまれ、海へ飛び込んだと聞いていたお富は亭主持ちと、食ってかかる与三郎。お富も、助けられたものの色めいたことはない、一日たりと与三郎を忘れていないと返しましたが、与三郎の腹の虫は収まりません。そこへ帰ってきた多左衛門が、私が事情を話しましょうと声をかけました。

頬かむりで顔を見せずに登場する「源氏店」

 ――同じ与三郎の花道からの出でも、「見染」と「源氏店」では随分違います。

 2度目の頬かむりしての出の方が技術的には難しいです。顏は見せないで、すーっとした形を見せ、しかも何となく世の中をすねているような雰囲気を残さなければいけません。

 ――同行した蝙蝠安がお富の家の中に入り、ひとり待つ木戸口で足で小石を集めているところに、若旦那らしい甘さが出ますね。

 足でちょこんとついて、手持ち無沙汰にやっている。首の傾げ方とか、そういうところは数をこなさないと自然にできません。蝙蝠安とお富がやりとりをしている間は、ぼんやり見ているんだけれども、その背中の線、足の割り方、そういうところも全部気を付けなければいけないわけで、それが最初は自然にできないんですよね。

 ――中に入ってからは、お富、蝙蝠安との掛け合いになります。

 世話物は何でもそうですが、特にこのお芝居は、お富、蝙蝠安、与三郎の三人の息がうまく調和しないとつまらなくなってしまいます。

ようこそ歌舞伎へ

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