歌舞伎座

文様に生命を与える芝居空間

 前回「歌舞伎は生きた文様のデータベース」とおっしゃった伊藤先生は、東京・東銀座にある歌舞伎座の建築にも深く興味をもたれました。お話を伺いながら見てみると、歌舞伎座は実にたくさんの文様で埋め尽くされていることを発見できます。

 まず先生が注目したのは歌舞伎座の屋根を埋め尽くす、鬼瓦。皆さんも劇場の前で待ち合わせをする時に、鳳凰のデザインが屋根を埋め尽くしているのを見たことはありませんか?この鳳凰、古来から人々のある想いを託されたデザインなのだそうです…

伊藤「鳳凰は中国の四霊獣のひとつで想像上の端鳥です。鳳凰をモチーフにした文様が日本で盛んに使われるようになったのは平安時代からでしょうか。翼や尾、脚が流れるように伸びて雲や水の流れと一体化する美しいデザインが多く創られました。歌舞伎座の座紋のように円形に構成した『鳳凰円』と言われる文様も数多く見られます」

 霊獣のモチーフを多様している日本建築といえば、日光東照宮があります。世界遺産にも登録されている陽明門は唐獅子、獏、龍といった霊獣彫刻で埋め尽くされていますが、これは、空想的で奇怪なものこそが神を祀るのにふさわしいシンボルだと考えられたためだと言われています。

 歌舞伎座の座紋の鳳凰。そのモチーフが象徴するものとは?

伊藤「鳳凰には、万人に平安をもたらす寿福の象徴としての意味があります。歌舞伎の源流に荒人神に捧げる祝典劇の要素があることを今に伝えるような気もしますね。風格があって美しく、歌舞伎座にふさわしい紋だと思います」

 演劇改良運動の風が吹く中、歌舞伎座が開場したのは明治時代。改築を経て大正10年に漏電で一度消失、その後、岡田信一郎(東京藝術大学教授)の設計により大正14年に再び開場。ところが第二次世界大戦の空襲で再び消失し、岡田の原型を元に東京藝術大学教授だった吉田五十八が再建設計を担当して、昭和26年1月に現在の歌舞伎座は復興されました。

伊藤「奈良時代の壮麗な様式と桃山時代の豪華絢爛さ。このふたつを組み合わせているんだけど、時代時代していない。近代的な軽やかさがある独特の建築ですよね。聳え立つような瓦屋根や、※唐破風(からはふ)の正面玄関は古典芸能の殿堂にふさわしい風格があります」

 その佇まいを見るだけで、歌舞伎見物の期待感が高揚する名建築。座紋が染め抜かれた紫色の幕をくぐり、劇場内に入ると華やかな客席が広がります。

 横長の舞台と、三色の定式幕、朱塗の柱が並ぶこの空間に、歌舞伎の様式美を完成させる秘密があると先生は読み解きます。

伊藤「プロセニアム形式、つまり額縁形式というのですが、この横長の舞台には上演されている芝居をまるで一枚の絵巻物のように見せる効果があるのではないかと思います。劇場空間にある朱塗の柱や、舞台のまわりを飾る金霞の西陣織は巻物の装幀のように見ることもできますね。柱や花道といった構造に、絵巻ものを開いてくくってゆくような視覚効果があるのではないでしょうか。それにより俳優の動作ひとつひとつが絵画の連続体であるような独自の形式が生まれる。横長の額縁、フレームが劇場を埋め尽くす文様に生命観を与える特別な役割を果たしているのではないでしょうか」

歌舞伎座正面の唐破風

唐破風の鳳凰の紋

※破風とは日本建築で切り妻の屋根の端に山形に装飾的に取り付けるもの

※唐破風とは中央が上向きに反り、左右が下向きに反ってゆるやかなカーブを描いている破風


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