松は実や葉の形態も様々な形にデザインされた文様があります。左から「若松」「松葉菱」「笠松」

歌舞伎の舞台に日本の自然観を読み解く

 劇場の文様を発掘し、そこに隠された意味や効果を発掘した後。いよいよお芝居の中に施された文様の効果を読み解いてゆきます。伊藤先生に今回観ていただいたのは歌舞伎座の十二月公演。中でも新作の『信濃路紅葉鬼揃』には様々な発見がありました。

 『信濃路紅葉鬼揃』は能の『紅葉狩』を題材とした、松羽目物の新作舞踊。舞台中央にはおなじみの大きな松の木が描かれていますが、今回は趣向が凝らされています。

伊藤「紅葉狩ということで、松の大木に紅葉がからみつくように這っている深い緑と紅色のコントラストがとても美しい大道具ですね。松というのは枝ぶりの面白さだけではなく、実や葉の形から『松葉菱』や『唐松』といった多くの日本的な文様を生み出してきた植物です。その松を大きくあしらった道具は迫力もあり、また松に日本人が込めた意味を象徴していますね」

 松は常緑樹であることから『常磐木』と呼ばれ、古くから神木や吉祥樹として日本人の信仰の対象でした。その松を背景に、唐織の衣裳をつけた上葛と侍女たちが整列すると舞台はぐっと華やかになります。

 坂東玉三郎丈演じる上葛の衣裳は、紅葉の文様が散りばめられた唐織。その上葛の術によって勾引されんとしている市川海老蔵丈演じる維茂の狩衣も、紅葉の花の丸と四季の花々が刺繍されています。

今回、伊藤先生が観劇した、平成19年歌舞伎座12月公演『信濃路紅葉鬼揃』の舞台

平成18年歌舞伎座12月公演
新歌舞伎十八番の内『紅葉狩』の舞台

伊藤「唐織は金糸や銀糸を使って立体的に文様を織り出したものです。特に女性が身につける装束は地色のぼかしや継ぎはぎが施された地紋の上に様々な文様が入り乱れて装束自体が絢爛豪華な貴族階級にふさわしいものです。色や紋が重なり合って混沌とした美しさが沸き立っていますね」

 それぞれ紅葉を織り込んだ唐織を身につけた女たちは、まるで紅葉の葉が一枚一枚はらはらと落ちていくような美しい舞を見せます。しかし、上葛がやがてその正体を顕し鬼女へと姿を変えると一転、激しい舞いとなります。

伊藤「上葛や侍女たちが身につけている唐織の装束、その文様には深く練られた視覚効果があると思います。彼女たちそれぞれの装束には色とりどりの紅葉が散らしてあって、舞いながら空間を移動することで舞台一面が紅葉の吹雪に包まれながら変化していく様子を象徴している。それは晩秋の紅葉が風に吹かれ、揺れながら変幻自在に形を作って行く自然が創り上げる美しさを凝縮しています。紅葉の装束に身を包んだ女たちもまた、動く文様になったかのように変幻自在なパターンを創り上げていますよね」

 それぞれの俳優が身につけている文様が描写する役柄、舞台の演出効果。歌舞伎の舞台は文様を使うことによって、混沌としたものを抽象化し、型にはめ、展開させている。舞台において文様とは生き物であり、演じる者が身につけることで小さなモチーフひとつひとつに生命や霊性が宿っていく。その様は現代にあって自然を畏れ、その美を賞賛しながら共生してきた日本人の精神性を私たちに気づかせてくれる。伊藤先生の文様発掘は続きます。

唐織浅葱地松皮菱花熨斗模様(能『船弁慶』静御前の装束)江戸時代・18世紀
東京国立博物館蔵(禁無断転載)


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