暑い夏、歌舞伎では、怪談や残忍な殺し場など、背筋の凍るような作品を上演し、奇抜な演出で外の暑さを忘れる「涼み芝居」の上演が、江戸時代からの風物詩となっています。今年、令和4(2022)年にも、怪談ものの公演が控えています。
歌舞伎美人では「あなたがえらぶ “怪談と歌舞伎”」と題し、皆様から「背筋の凍る怖い話といえば、この演目!」と思う作品を、思い出やエピソードと合わせて募りましたところ、多くのご投稿をお寄せいただきました。今回は、あらすじとご意見とともに、反響の大きかった演目の、震えるポイントをご紹介します。
これから迎える夏本番。蒸し暑い夏を少しでも忘れさせてくれる、怪談の世界をお楽しみください!
やはり人気!『東海海道四谷怪談』
文政8(1825)年7月に初演された『東海道四谷怪談』は、四世鶴屋南北の代表作の一つ。巷で起こった実際の事件を、奇抜な演出に組み込みながら、『仮名手本忠臣蔵』の外伝として描いた名作で、現代まで繰り返し上演される、日本の怪談の代名詞とも言える作品です。
<あらすじ>
自分の父親を殺害した本人とは知らず、その仇討ちを託すため、民谷伊右衛門の妻となったお岩。産後の肥立ちが悪いお岩を邪魔に思っている伊右衛門に、隣家の伊藤家の孫娘との縁談がもちかけられます。伊藤家から届いた薬を、毒薬と知らずに感謝して飲むお岩。醜い姿となってしまったお岩は、伊右衛門の裏切りと伊藤家の企みを知ると、彼らのもとへ行こうと、身支度をはじめます。しかし、無念にも命を落としたお岩は、亡霊となって、悪事を重ねる伊右衛門をあらゆる場面で追い詰めます…。
ーお寄せいただいた声ー
この前観劇しましたが、玉三郎さんのおどろおどろしさに震え上がりました。いつもなら、前のめりがちに観てしまうのですが、この時はのけぞるほどでした。(こぶたさん・30代)
初めての歌舞伎怪談は小学生のころテレビで観た玉三郎さんの「四谷怪談」でした。怖いだけでなく悲しい女心と色悪そのものの伊右衛門の人間模様が奥深い。畳みかける恐怖の仕掛けに魅了されました。(しらゆきさん・50代)
大学生のとき南座で観て、歌舞伎にハマるきっかけになった演目です。ほぼ通しの上演で、荒唐無稽な物語とさまざまな仕掛けに引き込まれたことを覚えています。歌舞伎ってこんなに面白いんだ!と興奮して、一番良い席をもう一度買って観に行ったことも印象深いです。お岩と伊右衛門の行く末を揺るがすお梅が、白無垢姿で、妖しい光に包まれながら花道を歩いてくる場面が、今でも忘れられない私のお気に入りシーンです。(さきさん・20代)
昨年、仁左衛門さんと玉三郎さんの「四谷怪談」を観ました。 「四谷怪談」と言えば派手な仕掛けが思い出されますが、昨年の「四谷怪談」は、仕掛けは少ないけれど、とても静かに、ぞわーっとしました。 結髪姿で、ただ立っているだけの玉三郎さんに背筋が凍り、仁左衛門さん演じる伊右衛門の冷酷無比の様に血も凍りました。 派手な仕掛けがなくても、役者さんの力でここまでの怖さを与えられるのだと感心しました。(ももさん・50代)
背筋の凍るような「演出と仕掛け」
圧倒的に印象に残ったシーンとして挙げられたのは、お岩の髪梳きのシーンでした。 このたび、歌舞伎の小道具を担当されている、藤浪小道具さんにご協力いただき、実際に『東海道四谷怪談』の舞台で使われている薬や、鏡台、櫛などお岩の鏡台道具を再現していただきました。髪梳きのシーンが浮かび上がるような、生々しさを感じます。貴重な資料は、クリックで拡大してご覧ください。
戸板返しの場面
お岩の死骸は、伊右衛門に切り殺されていた小仏小平とともに、戸板に打ち付けられ、流されていました。偶然、その戸板を川で引き上げた伊右衛門に、二人の死骸が恨み言を放ちますが、伊右衛門は気にもせず、戸板を川に蹴り落とす非道っぷり。一人の俳優が、お岩と小平の2役を演じる、早替りもみどころのひと場面です。
提灯抜けの場面
亡霊となったお岩は、どこまでも伊右衛門を追いかけます。提灯からお岩が現れると…。本物の火が使われ、「仏壇返し」などとともに、あっと驚く演出が立て続けに展開され、息をつく間もありません!
ーお寄せいただいた声ー
玉三郎さんがお岩様を演じられたとき、御礼参りに行くから支度をすると自分の髪に櫛を入れるシーンがとても印象的でした。櫛が髪を通るときのズズーという音が会場に響き渡り、観ているみながそれに恐怖を感じていて、私も鳥肌が止まりませんでした。櫛一つで恐怖を感じさせる芸にとても感動しましたし、その瞬間に立ち会えた事をうれしく思っています。(まこさん・20代)
昭和54(1979)年に初めてこの演目を歌右衛門のお岩で見たときの怖さは今でも忘れられません。特に髪梳き場面では背中がぞくぞくし、その後の伊右衛門浪宅で亡くなったお岩の火の玉が飛ぶ場面では、暗い客席にも青白い火の玉が飛ぶ趣向が凝らされていたので、キャーキャー言う声。もう怖くて隣の友人にすり寄りました。その後、書物で仕掛けなどを勉強したので当時の孝玉で観たときからはあれはあの仕掛けなのねと楽しんでいます。(ペンネームなしさん)
提灯抜け等の演出が素晴らしい。江戸の生活様式の勉強にもなる。だんまりも美しい。怪談だけどスペクタクル、でも怖い。見入ってしまう素晴らしい作品。(伊右衛門500mlさん・50代)
なんといっても「髪梳き」が一番のみどころだと思います。お岩が顔を上げた瞬間、その様変わりした顔にゾっとするだけでなく、観客が見えない間どのように変化しているのだろうと非常に興味が湧きます。他にも照明が暗かったり、音楽が不気味であったりと、空間全体が背筋が凍る場所となっているため、観ているだけで緊張します。今年の8月に南座で公演が行われるので楽しみでなりません!(えびさん・20代)
背筋の凍るような「人間の欲と業」
鶴屋南北による作品は、巧みな演出で怖さを誘いながら、根底に「人間の欲と業」を描いています。その心理描写に恐怖を感じるというお客様のご意見もありました。自らの欲のために、人間を手にかける恐ろしさ。色悪として知れた、民谷伊右衛門のみならず、孫のためにお岩を陥れる伊藤家、横恋慕で、恋敵を斬る直助…。人間の悪行へいたる心理と、事件を垣間見る恐怖も、怪談のみどころと言えるかもしれません。
ーお寄せいただいた声ー
一番印象に残っているのは中村屋さんの「四谷怪談」です。これまで勘三郎さん、勘九郎さん、七之助さんのお岩様を見てきましたが、みなそれぞれに魅力あるお岩様でした。特にコクーン歌舞伎版では、主軸のお岩、伊右衛門の裏で展開するお袖直助の業の深さに衝撃を受け、怪談の奥深さを知りました。(百之助さん・40代)
人間の怖さがとてもよく分かる演目だと思います。お岩様が可哀想で、私も民谷伊右衛門を心から恨んでしまいます。(アイラブ歌舞伎さん・10代)
子どもの頃、母の背中に隠れ、恐る恐る顔を出してはまた隠れるを繰り返し、「そんな怖いなら見なきゃいいでしょう」と言われながらも見続けたものでした。怖かったのはお岩さんの顔。陰陽勾玉巴。常に自分の中にも小さな伊右衛門が存在しているような気がして。(伊右衛門・スカイウォーカーさん・60代)
お岩さんの髪がズルッと抜ける様子は何度見てもぞわっとします。それ以上に欲のために簡単に人を殺す人間の恐ろしさがあります。 四谷怪談は何度か観ましたが、勘九郎さんのお岩さんが大好きです。堅実な生活をして感謝の心に満ちながら飲んだ薬で殺されてしまう。その悲しさには涙がこぼれます、また近々演じてもらえないかと心待ちにしています。(ことりさん・50代)
8月公演予定の怪談物
この夏、怪談の名作が見られる!